www.kensawada.com
スティールヘッド編  --第124話--

怪物の襲来

最初の魚を釣った場所から100mほど下ったところで再び重い当たりがやってきた。もう何と言って良いのか判らない。正に地獄から一気に天国に上り詰めた気分だった。その日の5匹目はどんなサイズだろう。浮かれた気分でラインを張った私は、鏡を見なくても自分の顔色が変わるのが判るほど緊張した。
ff-124-1
秋はサーモンが遡上する季節。群れをなして好ポイントを占拠する。

ラインの先にいる魚は、自分が針がかりしたことなど全く意に介す素振りも見せず、ゆっくりと下流に向かって泳ぎだした。ロッドが限界近くまで曲がっているというのに、その魚の動きに変化は無く、ひたすら下流に、しかもゆっくりと向かっていた。正に大きな流木を掛けたような重さが絶え間なく続き、リールから50m以上のラインが出たところで止まった。
ff-124-2
スティールヘッドのように過激でない分、ファイトは長時間に及ぶ。

何だか様子がおかしい。今まで味わったことの無い引きだ。
ff-124-3
漸く足元に寄ってきた。

ガイドのブルースは私が4匹目のスティールヘッドを釣ったのを見届けると、安心したのか、用事を片付けてくると言って街に戻っていた。掛かった魚が如何に大きくとも、ここは一人で対処しなければならない。

その魚が止まった地点は、長い長いサンディープールが終わる所にある、その付近で最も深い場所だった。私はゆっくりとラインを巻き取りながら、その深みの前まで下り、ロッドを思い切り曲げてはラインを縮め、その魚を引き寄せに掛かった。

10mほど引き寄せると、直ぐに元の位置まで戻ってしまう。そんなことを何回も繰り返し、やっとフライラインがリールに入るところまでやってきた。フッキングしてからもうかれこれ30分近く経過していただろう。
ff-124-4
遡上後、間もないコーホ・サーモン。

突然、目の前の水面が茶色に変わり、巨大な塊が浮上した。それを一目見て、私は全てを理解した。40ポンド以上あろうかというキング・サーモンだった。相手がキングと判ってから、その口に刺さっているフライを外すまで更に20分以上の時間を要した。

リリースした時には腕の感覚が半分なくなっていたが、巨大なスティールヘッドの期待が外れたのもその理由の一つだった。

一休みした頃、ブルースが街から帰ってきた。私がそれまでの出来事を話すと、驚きながらも、ちょっと確認すると言って川岸に斜めに生えていた木に登りだした。3m程の高さまで登ったブルースは川底を透かすように眺め渡していたが、私にも登って眺めるよう合図してきた。
ff-124-5
流木のような重さで川底を動き回る怪物。

木の上から彼が指差す場所を見た時、私は一瞬、息を呑んだ。優に1mを超える魚の群れ、それも5匹や10匹ではない。数十匹の巨大な魚の群れが川底を右に左に泳ぎまわっていた。私はあの魚の群れの中にフライを流してしまったのだ。   
ff-124-6
キングサーモン。これでも普通サイズ。

釣りというのは何と面白く、何と理不尽なものだろう。キングサーモンもピンクも海にいる時なら夢中で追い回すのに、川に遡上すると釣りの対象から外れてしまう。正確に言うと産卵のために川に遡上した魚、そして余命いくばくもない魚だから、釣る気が失せるのだろう。同じ産卵でも、乗っ込みの鮒や鯉ならチャンスとばかりに釣りまくる。彼らは産卵しても死なないからか。

兎に角、産卵のために遡上したキングもピンクも他の魚を自分たちの周囲から排除しようとする。おかげでスティールヘッドは彼らの居ないところに避難していたのだが、その場所は極く限られていた。

-- つづく --
2015年03月01日  沢田 賢一郎