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スティールヘッド編  --第129話--

ジョーンズ・ロック

二日目の午後、私はブルースと共にJohn’s Rock と呼ばれている広くて長い瀬に入った。そこは釣り場の中心地と言われているSpences Bridgeから数キロ上流に位置し、対岸にNicolaと呼ばれている支流が流れ込んでいた。

対岸と言っても、人がいるかどうかがやっと判るほどの距離で、それほど川幅が広いため、トンプソンの釣り場の中では最も浅い瀬となっていた。その Nicolaはトンプソン・スティールヘッドが産卵のために遡上する支流で、合流点の周辺は、Nicola Flatと呼ばれており、エサ釣りのメッカとして知られていた。
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流域で最も幅が広く、遠浅の瀬、ジョーンズ・ロック。対岸はニカラ・フラットと呼ばれている。

ブルースは瀬頭から少し下がった所に入り、フライを投げ始めた。彼はフィッシング・ガイドではあったが、釣り場に余裕があると一緒に釣り始めるのが常だった。これは後に私が接したイギリスやノルウェーのギリー(ガイド)とは全く違っていた。ヨーロッパのガイドは客である釣り人をガイドをしている間、決して釣りをしなかった。

私は瀬頭の直ぐ上から釣り始めた。スペース・シューター1712Dにその年完成したばかりのサーモン2リールをセットし、ランニング・ラインはフラット・ビームの35lb、リーダーも同じく完成したばかりのスーパーテック・12フィート、-4xを結んだ。DSTフライラインが完成するまで、未だ12年の歳月を要していたが、それ以外は今日とほぼ同じ装備であった。

50mほど下流にブルースがいた。彼はその年に覚えたスペイキャストでフライを岸寄りに流していた。私はここトンプソンに来て以来、ブルースから「魚は岸寄りにいる」と、耳にタコが出来るほど聞かされてきたが、このジョーンズ・ロックは遠浅で、岸から50m先でもそれほど深くない、つまり魚にとって調度良い深さが続いているのが、その辺りの水面の様子から見て取れた。
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足元までやって来た最初のスティールヘッド。

魚が岸寄りにいるというのが、程よい水深の所にいると言う意味だとすると、ここはほど良い水深が遥か彼方まで広がっている。

ここで釣りをする人々が全員岸寄りを釣っているとなると、その岸寄りにいる魚は常に大きなプレッシャーを感じているか、或いはそれが原因で、フライが届く範囲を避けている可能性が高い。
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ピンボケの記念写真。

それなら、思い切り遠投して、他の誰もが釣ったことのない領域を釣るべきでは。

私は遠投を容易にするため、ラインをフローティングからタイプ2のシンキングに変えた。この程度のシンキング・ラインなら沈みすぎを憂慮する必要は無いだろうし、勿論、根掛かりを心配することもない。

私は1mでも遠くに投げたい気持ちを抑えることができず、リールから引き出すフラットビームを多めにし、ラインを40m以上投げ続けた。しかし限界近くまで投げると、今日のDSTラインとは違って、DTやWFのラインをカットして作ったシューティング・ヘッドだ。ちょっとした風の変化によってラインのターンが台無しになる。私はフライが良い姿勢を保って泳ぎ始めるよう、ラインのターン状態が悪い時は、着水と同時にラインを少し手繰っていた。

50mほど釣り下った辺りから、流れが少し穏やかになってきた。キャンベル・リバーなら対岸を釣ってしまいそうな距離にフライを投げているのに、この瀬は対岸が霞んで見えるほど広い。幾ら投げても、まるで足元を釣っているようだ。スティールヘッドはフライが泳いでいる範囲に居るだろうか。

そんな心配が頭をよぎり始めた時、手繰ったラインが引き戻された。持ち上げたロッドは途中で止まり、あの衝撃的な生き物の鼓動が伝わってきた。私はリールのスプールを叩いて回転させ、足元に溜まっていたフラットビームを急いでリールに仕舞った。時間にして5、6秒だったろうか。魚はその間、ただ頭を振るだけだった。
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頭が丸く、体高のあるトンプソン独特のスタイル。

余分のラインを巻き終えてからも、私は更にリールを巻き続けた。巻くと言ってもラインが弛んでいる訳ではない。スプールを一回転する度にロッドがしなり、ラインが張り詰めた。起こしたロッドの先端が目の前に見えてきた時、それは突然走った。今まで聞いたこともないリールの逆転音が長く長く鳴り響き、80m近くラインを引き出して止まった。

私はラインを抑えながらゆっくりと岸に向かった。張り詰めたラインのせいで、歩を進める度に身体が揺らいだ。水際まで辿り着いた所で、私は大声で下流に居るブルースに魚が来たことを知らせた。ブルースは伸していたラインを巻き取ると、大急ぎで駆けつけてきた。

その後、魚は10mほど走ったり、寄ったりを繰り返しながら次第に近寄ってきた。フライラインがガイドに入ったところで、その魚は遂に水面に浮上した。光線の具合で姿はよく見えなかったが、水面を割って背びれが現れ、その先に大きな尾びれが現れた。大きい。水面から飛び出した背びれと尾びれの間隔が広い。
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初めての20ポンドオーバー。フライも初めてのアクアマリン・ゴールド。

私は慎重に魚を引き寄せた。

魚は体力を使い果たしたのか、大した抵抗もせずに足元に寄ってきた。私は初めてのトンプソン・スティールヘッドを記録に収めるべくバッグからカメラを取り出し、その見事な姿を撮影した。

次いで、私はカメラをブルースに渡し、スティールヘッドを抱き上げたところを写して貰った。感動の瞬間だった。長い間の目標だったトンプソン・スティールヘッドは想像していたよりあっさりとやってきて、私の腕に収まった。ブルースの測定によると、体長は1m超え、重さは20ポンドを少し上回った程だという。

せっかくの記念撮影は、定評あるブルースのカメラワークのせいで、全てピンボケに終わってしまったが、独特のプロポーションをしたトンプソン・スティールヘッドの姿を記録に残すことだけはできた。

-- つづく --
2015年05月19日  沢田 賢一郎