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スティールヘッド編  --第130話--

魚は何処に

三日目、4日目と、主に新しい場所を釣り歩いたが、反応は皆無だった。これほど広い場所、しかも少ない魚を求めて釣りをするとなると、下手な鉄砲、数打ちや当たるも通用しない。どうしても魚の居所を突き止めなければならない。
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岸近くに居るのか、浅い場所に居るのか。

魚と遭遇する確率が最も高いのは何処だろうか。私は初日からブルースが案内してくれたポイントを思い出していた。そこは過去にフライでスティールヘッドが釣れたことのあるポイントであったから、魚が居つくポイントであることは確かだ。その共通点は何だろう。様々な理由を考えたが、思い当たる唯一の共通点は浅いことだった。
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周囲はがれ山。

トンプソンは余りに水量が多いため、川幅が狭いところは急流か、もしくは物凄く深いトロ場となっている。スティールヘッドは海から遡上して長期間河川に住むため、遡上後の生態はそこに生息している虹鱒と余り変わらない。身の安全と、食生活を両立出来るところに定位する。

深い水路のような流れは、彼らの身の安全を保証するかも知れないが、充分な食料を供給してくれない。食料を取ることが出来るのは浅い流れだ。水深が2mから5m程がその条件を満たすはずだ。然るに大河トンプソンの場合、そのような水深の流れは岸近くにしかない。岸から離れていても浅い場所は、余程川幅の広い所だけだ。

ブルースはトンプソンのポイントについて、常に岸の近くだと言い続けていた。魚は岸近くに居るから、遠投は無駄。何しろ岸の近くを丁寧に釣る。それが彼の持論であった。

それは大部分の地域において正解だった。流域に河原の広いところは少ない。つまり川岸の傾斜がきつく、ウェーディングできない、もしくは無理に水に入っても、その恩恵がない場所が多かった。そうした場所は水際から直ぐに深くなってしまうため、適度な水深となっている部分は岸のすぐ近くに帯状に存在していた。
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夕暮れのグレイブヤード。岸近くに出てくる魚を待ち構える。

釣り人にとってこの状況は喜ぶべきものなのかどうか。もし釣り人の絶対数が河川の広さに比べ僅かしかいなければ、釣り人同士の競争は少なくて済むから、喜ぶべき現象だ。

しかしトンプソンはどうだ。川は確かに広いが、釣り人の数も多い。しかも大多数はエサ釣りかルアーである。フライ・フィッシングと比べれば、遥かに釣りやすい方法だ。

そうした人々が数多く居る釣り場で、お勧めのポイントが岸近くとなれば、そこに居る全ての釣り人が魚を狙えることになる。釣り人同士の競争が激化するのは当然の成り行きだ。そうした場所で魚を釣ろうと思ったら、かなり運を当てにしなければならなくなる。更に大多数の釣り人が川のすぐ近くのキャンプ場で寝泊まりし、一ヶ月以上も釣り続けている。
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レイルウェイ・ランの開き。如何にも魚が付きそうな佇まい。

こうした場所に、何の知識も経験もないフライフィッシャーが数日間挑戦したところで、その結果は見えている。この厳しい環境下にあって実り高い釣りをしようと思ったら、多くの釣人が見逃している場所や時間帯、そしてフライフィッシングにとって有利な場所を見つけるしかない。

5日目の朝、私はスティールヘッド・インの対岸下流に入った。そこは直ぐ後ろを鉄道が通っているので、レイルウェイ・ランと呼ばれているそうだ。川幅が狭く、流れはゆっくりとしている。つまり岸の傾斜がきつく、ウェーディングできない。勿論する必要もないのだが、後方の線路脇に背の高い木が生い茂っているため、バックキャスができなかった。
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暴れながら流れを下るスティールヘッド。

私はそんな状況に備えて持参したSS2012と言う20フィートのスペイロッドを持ちだして、その大人しい、しかし急深のプールを釣り下っていた。夜が明けて未だ幾らも時間が経っていないことから、私はリーダーの先にスティールヘッド用に巻いたマドラーミノーを結んでいた。

岸の傾斜がどこまで続いているのか判らないが、2~5m程の水深を狙うのであれば、最大でも20mほど投げれば済む。私は慣れないレフトハンドのスペイキャストを繰り返しながら、マドラーミノーを水面に泳がしていた。

-- つづく --
2015年05月28日  沢田 賢一郎