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スティールヘッド編  --第138話--

噂のドライブイン

トンプソン・リバーは巨大な河川だけあって、スティールヘッドの釣り場として知られている流域も長い。しかしそこに住む人達の数が少ないため、流域で食事を提供するレストランはほんの僅かしかない。そのため昼と日没後に大勢の釣り人が集まる。
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マーテル・アイランドの本流側。適度な水深が広がっている。

「釣り人が大勢集まったら、話すときは両手を縛らないと」などと言われるくらいだから、自慢話を聞くには事欠かない。古い手柄話を延々と話す人達に罪はないが、問題は新鮮なほら話だ。

何年も前の話なら、機会が有ったら参考にしようと思うくらいでよい。しかし、たった今釣ったとか、昨日大釣りしたなどという話は誰でも聞き耳を立ててしまう。ところがそうしたレストランでは、それこそテーブルの数と同じくらい多くのほら話が毎日誕生する。話半分ではとても済まされないレベルだ。
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ジョーンズ・ロックの開き。この下にYの瀬が続く。

これについて私の印象だが、釣り人のほら話は世界中何処にでもある。しかし日本で聞くこの手の話と、海外で聞く話は少しニュアンスが違うような気がする。日本のほら話は、実際にあっても不思議ではない、と言える程度のものだ。逃した魚がいかに大きかったか。姿を見ただけなのに、釣ったことになった。10匹釣ったのが100匹釣ったことになった。8寸ヤマメが尺ヤマメになった。まあ、そんなものだ。だから信じても、信じなくても、余り害はない。「話半分として」と言う言い回しはそれを端的に表している。

然るに、海外で聞いたほら話はもっとインパクトが有る。特にキャッチ&リリースの釣り場では時として半数以上がほら話であることさえ珍しくない。
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ジョーンズ・ロックの頭。この付近で最も遠浅の瀬が続く。

私は最初の内、こういった作り話を相手構わず喋りまくるのは、話し手にかなり悪意があるのではないかと思った。相手に作り話を信じさせ、不幸な時間を過ごさせるという行為は犯罪といって良い。しかしそういうほら話の洪水に浸かっていると、下手な作り話と上手な嘘の聞き分けができてくるから面白いものだ。

誰かが上手と言うか、ユーモアのセンスに富んだほら話をすると、周囲の人達はそれは大変だ、大急ぎで行かなければ、と声を揃えて囃し立てる。ところが実際にその情報に踊らされて出かける人は居ない。話を面白くするために驚いたふりをしているが、本当は誰も信じていないのだ。

その日のレイク・プールは、そんな話の一つに違いない。あなただけに教えるけど、と言われたら、眉に唾を塗らなければいけないのは、ここだけの話でない。

レイクプールを引き上げて宿泊していたモーテルに帰る途中、我々は Y の瀬と呼ばれる川岸を通った。もうかなり暗くなって来たので、そこで釣りをすることは考えなかったが、翌日のために付近の状況を見ておくことにした。
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傾斜が急だと、適度の水深の範囲が狭くなる。

そこはスペンセス・ブリッジの少し上流で、左岸側は崖だが右岸側からは途方も無いほど広い瀬が続いていた。水深は付近の流れからすれば浅いと言って良いのだが、勿論ウェーディング出来るほどではない。我々は川岸に車を止め流れの様子を窺った。その時、大型の魚が水面を割って姿を現した。距離は100mほどあったから、魚の種類や正確な大きさは判らない。私はその魚が見えた付近を注視し続けた。

すると数分後にまた同じようなライズがあった。場所は離れていたが、同じような姿だった。結局10分程の間に3回のライズを目撃した。場所はそれぞれ違っていたが、共通するのは流芯に近い沖合だったことだ。こちら岸からはルアーであっても不可能な距離だが、もし対岸から釣りをする事ができたとしても、やはり不可能といえる距離だ。こんな大河の流芯に魚が居る。トンプソンは規模が大きすぎるので、岸沿い以外はまるで深い湖のようだ。定位する魚は程よい水深の場所を選ぶ。すなわち岸の近くと言うことなのだが、程よい水深がどこまでも続いていれば、何も岸近くに寄る必要はなくなる。

魚が程よい水深の場所を選んで定位する。これは一つの仮説に過ぎないが、もしそうだとすれば、急深の流れは岸沿いの細い線状にしか適当な場所が無い。しかし遠浅の場所なら遙か沖合まで魚の生息域が広がる。Y の瀬で見たのはそれだったのではないか。
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レイルウェイ・ランの下流。遠浅のポイントは人気がないようだ。

私は5年前、初めてトンプソンに来た時に感じたことを再び思い出し、確信を持つようになった。つまり、魚は程よい水深の流れを好んで定位する。程よい水深は流れが深い水路のようになっていれば、岸近くに狭い範囲でしか存在しないが。遠浅の瀬ならもの凄く広くなる。定位する魚、特に大型魚にとって、好ましい場所かどうかを決定する第一の要素はその広さだ。それなら遠浅で、程よい水深がどこまでも続くポイントが最良ということになる。私は翌朝からの釣りについて、考えついた結論のままに行ってみることにした。


-- つづく --
2015年11月28日  沢田 賢一郎