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スティールヘッド編  --第128話--

SS1712D

釣り場の広さと流れの強さが大きなプレッシャーとなったが、それを克服するための手立てはほぼ完璧であった。

初めてサクラマスを釣り上げた春のシーズン終了直後、つまりトンプソンに来る数カ月前だが、私はイギリス最大のサーモン・リバーであるリバー・テイーを釣るために新しいロッドを完成していた。全長17フィート、適応ラインが12番ということからスペースシューター1712Dと名付けたロッドだ。
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SS172D。このロッドのおかげで異次元の釣りが可能になった。

それまでシューティング専用のダブルハンド・ロッドというものは、遠投競技用を除いて何処にも存在していなかった。私はシングルハンドの遠投競技用のロッドを、実際の釣りに使えるロッドに作り直すことを既に行っていたから、ダブルハンドでも同じ発想でそうしたモデルを作った。当時、市販されていた最も重いラインが12番だったことから、その12番のラインを遠投し、きちんとターンさせる、それも腰まで水に浸かった上でできるロッドを目指した。
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20フィートのスペイロッド、SS2012D。崖下の釣りに威力を発揮してくれた。

8月にリバー・テイーで初めて使用した時、私はそのロッドの性能に寒気さえ感じた。私を案内してくれた多くのイギリス人からも驚嘆の声があがった。

私はトンプソンを訪れるにあたって、その1712Dともう1本、前年の1987年に完成した2012Dと呼んだ20フィート、12番のスペイロッドを持参していた。当時、日本にはスペイキャストを知る人は皆無であったが、トンプソンには後方が崖で、バックキャストができない場所があると聞かされていたため、大急ぎで用意したロッドであった。
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中流域にある爆流帯、ヘルズゲート。ここに遡上魚をカウントするカメラが設置してある。

使用する道具と、フライを完璧に泳がすためのキャスティング・テクニックに関して、私は何の不安も持っていなかったが、魚釣りがそれだけで出来るものではないことは重々承知していた。

体力を別にすれば、未知の釣り場で釣りを成功させることが出来るかどうかは、一にも二にも魚が何処にいるかを知ることだ。然るにトンプソンは余りに広い。しらみ潰しと言う作戦が採れない釣り場だ。
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釣り場の中心にあるスペンセス・ブリッジ。

更に状況を難しくしていることに、肝心のスティールヘッドの数が芳しくない。主要な釣り場である中流域の直ぐ下流は川幅が極端に狭まり、ヘルズゲートと呼ばれる有名な爆流帯となっている。そこには遡上する魚を監視するカメラが備えられており、遡上した魚の数が判る仕組みになっていた。

私が初めて挑戦した1988年は遡上数が少なく、ブルースの話では900匹に満たないということだった。このとてつもなく広い釣り場に散らばった魚がたったの900匹では、釣り方や使用するフライがどうのこうのという以前に、先ず魚と遭遇することが肝心だ。ポイントと言われている場所は何処も素晴らしい佇まいであったが、如何せん広すぎる。フライで探ることが出来るのは、各々のポイントのほんの一部でしか無い。スティールヘッドは広いポイントの何処かにきっと居るだろう。しかしフライが届かない所に居るなら、それは釣りの対象外と考えなければならない。
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一流し2時間。なだらかな瀬が延々と続く。

私はどんなポイントも丁寧に一流しすると、他に移動した。丁度、シーズン初期にサクラマスを狙うのと同じように、ポイントを移動し続けたのだが、トンプソンはプールも瀬も広い。一流しするのに2時間近くかかる所も有ったため、一日に釣りができるポイントは数カ所に限られてしまった。

-- つづく --
2015年05月06日  沢田 賢一郎