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サクラマス編 • 第1ステージ  --第34話--
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高原川と双六谷の出会いに広がる大淵。多くの大型魚が住み着いている。

遊魚規則

翌1981年5月、私は北陸を友人と共に釣り歩いていた。初めてスティールヘッドを釣ってから、はや10年の歳月が流れていた。その日、私は飛騨高山から高原川を下り、双六谷の出会いと、その下の浅井田ダムの流れ込みでイブニングライズの釣りを楽しんだ。双六谷のとの出会いにある大きな淵は今でも健在で、条件さえ良ければ大型の魚に会うことができる。その日は12番のスペントバジャーを使って大淵の流れ込みの瀬を釣り、綺麗なヤマメを一匹手に入れると、直ぐにその下流にある浅井田のダムに向かった。
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豊富な水量のおかげで、初夏のヤマメは銀色に輝いていた。
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浅井田ダムの流れ込み。夕方になると水路に沿ってライズが始まった。

浅井田の夕暮れ

高原川の本流は、双六谷の水を合わせて倍近い流れとなり、美しい瀬となってダムに流れ込んでいた。私は夕陽が半分山に沈みかけた時、その流れ込みに着いた。車から降りて目を凝らすと、岸近くで小さな波紋が幾つか見えた。もうイブニングライズが始まっているらしい。私は川が流れ込んでいる場所の脇に立ち、流れの境目から広がっている滑らかな水面に目をやった。岸から20メートルほど沖でライズがまとまって起きている。直ぐにフライを投げようと思ったが、少し待つことにした。未だ明るすぎる。ライズの様子をもう少し見極めてからでも遅くない。

僅か10分ほど待っただけで、ライズの群れはずっと岸に近づいてきた。10メートルほど離れた所が最も多く、ロッドの先で叩けそうな場所でも起こった。私は静かにフライを、そのライズの中心を外して投げた。海でなぶらを釣るのと同じ要領だ。群れの中心に対してそっとしておく。その方がチャンスが長く続く。

最初に釣れてきたのはイワナだった。白い斑点が大きく、まるでアメマスのように太っていて、もっと大きい魚かと期待したほど強かった。次からは全てヤマメだった。これもフッキングと同時に四方八方走り回り、40cmほどもあるのかと思ったが、上げてみると30cmを少し越えていただけだった。
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イワナはアメマスのように大きな白い斑点を持つものが多い。

はじめてから30分ほど経った時、ライズが急に無くなってしまった。直ぐにでもウェットフライに変えたかったが、我々はその晩、金沢まで帰る予定だったため、そこで切り上げることにした。短時間だったが、12番のスペントバジャーと14番のモスキートに飛び出して来たのは、ヤマメもイワナも全て尺以上のサイズばかり。それもヤマメは川の魚とは思えないほど太った、まるで小さなカツオのような体型をしていた。

その名の通り、浅くて簡単に見渡せる浅井田ダムで育っただけで、こんなに体型が変わる。イワナはともかく、ヤマメが5月の末にこれだけの体型をしているとなると、もっと広い湖で育ったらどんなに素晴らしい魚になるだろう。そう言えば、以前、裏磐梯の湖で釣り上げたサクラマスは50cmを越えていたのが何匹もいた。それなら湖でなく、もっともっと広い海で育ったら。そんな想いに駆られながら、私は一路、金沢に向かった。
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カツオやマグロのように砲弾型に育つヤマメ。もう少し大きくなったら、サクラマスに変身しそうだ。

九頭竜川

翌日、九頭竜川を見た。

九頭竜川は未だ雪代の混じった蒼い水が満々と流れていた。この川にはサクラマスが遡上してくる。こうして眺めているプールの中にも居るかも知れない。本栖湖のブラウンを釣り上げた後のせいか、本州でどうしても釣りたい大物の筆頭がサクラマスだった。そのサクラマスが遡上する川が目の前に流れていると言うのに、釣りができない。そんなやるせない気持ちを抑えながら鳴鹿の堰堤の下を覗くと、禁漁区でサクラマスを密漁している人達の姿が見えた。密猟者が居ると言うことは、ここにサクラマスがいる証拠だ。そう思うと、ますます気持ちが高ぶってくる。何とか釣る方法がないものか。

それ以来、私は機会ある毎に様々な釣り人や、漁業組合関係者に尋ねたが、納得のいく答えは得られずじまいだった。
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九頭竜川、1986年5月。通称、機屋(はたや)裏から上流、鳴鹿の堰堤を臨む。

それからまた5年が過ぎた。私はその1986年の正月、最新の遊魚規則を、それまでと同じように半ば恨めしげに眺めていて、驚くべき発見をした。遡河性マス類に関する規則が殆ど見あたらない。どうしたことだろう。何時からそうなったのか。面倒だから削除したのか。様々な疑問が一気に湧いてきて、居ても立ってもいられず、翌日、目当ての県に問い合わせた。その結果は驚くべきものだった。漁業規則は県条例として制定されているが、その条文の中に、遡河性マス類に関する規則がないことを幾つかの県で確認したのだった。県によっては、規則は無いので、漁業組合に聞いて欲しいと言った、全く無関心な所もあった。私が最も関心を持っていた福井県は、その規則が無かった。

私は県に問い合わせた後も、念のために水産庁から釣り振興会に転職した人に尋ねた。すると驚くべき答えが返ってきた。

「釣りをしてはいけないと言う規則はない。サクラマスを釣ってはいけないと言う規則もない。だから釣りたければ釣るがいい。但し、漁業組合員に殴られても知らんぞ」

これが釣り振興のために働いている元役人の言うことかと思ったが、サクラマスを釣ることが法律で保証されていることだけは確認できた。それならやりようがある。私は九頭竜川の漁業組合に電話をかけ、サクラマスを釣っても問題ないことを再確認すると、喜び勇んで支度に取りかかった。今年から九頭竜川でサクラマスを狙える。それだけで正月からうきうきしていた。
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1974年6月初旬、北海道でヤマメを釣る。突然サクラマスが掛かる時があった。

未知の釣り

どうすればサクラマスを釣ることができるだろう。淡水で育ったサクラマス、つまり湖沼型のサクラマスならかなりの数を釣った経験があった。サクラマスがルアーやフライに襲いかかることは周知の事実だ。しかし海から遡上して来たサクラマスとなると、ルアーならともかく、フライで釣れた話は聞いたことが無かった。無いのも当たり前、それまでフライを使ってサクラマスを狙った人は一人も居なかった。問題は、サクラマスが何処に居るかを知ること。そして、そこにどうやってフライを届けるかだ。勿論、どんなフライが効果的かも、大きな関心事だった。

1974年からの3年間、私は6月になると北海道に渡った。その時は渓流でヤマメ、イワナ、アメマス、ニジマスなどを釣るのが目的だった。そうした魚を釣っている時、何匹かのサクラマスを釣ったことがあった。釣ったと言うより、ヤマメを狙っていたら、掛かってしまったと言う方が正しい。ストリーマーやウェットフライで釣れたことが多かったが、ドライフライに飛びついたことさえあった。しかし、それらが釣れた川は海から近いとは言え、みな5番のラインで間に合う普通の渓流であった。見渡す限りの雪代で膨れあがった九頭竜川とは比べようもないから、釣れたと言っても参考にはならない。いや、参考にしない方が良いと思った。

-- つづく --
2002年01月06日  沢田 賢一郎