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サクラマス編 • 第1ステージ  --第42話--
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サクラマスは居るだろうか。もし居るなら、この広いプールの何処に居るのだろう。

チェリーサーモン

私が九頭竜川で行っている釣りは、パワーウェットと呼んだ釣りである。釣り場の状況に合わせた長さのシューティングヘッドにフラットビームと名付けたランニングラインを結んで思い切り遠くまで投げて釣る。九頭竜川は広いから、ラインの飛距離を十分に稼げるよう、ダブルハンドロッドを使用した。それは大河川でスティールヘッドを釣る時と同じシステムだ。おかげで、九頭竜川に来ても、何一つ不足することなく釣りができた。

スティールヘッドを本格的に釣り始めてから、その時点で4年が経過していた。行けば必ず釣れるようになっていたし、体力的に遙かに勝る地元のアングラーに対して、常に優位に立つことができた。

その絶大な効力を実証済みのパワーウェットを引っ提げて、この九頭竜川にやって来た。あの爽快なパワーウェットの釣りを、是非日本でも楽しみたくて、サクラマス釣りに挑んだ。それが釣れない。
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急流、広いプール、深場、大石、一体何を目安に釣れば良いのか。

検証

私は冷静になって、これまでの釣りを検証してみた。私は未知の魚、未知の釣りであるサクラマスを相手に、長年憧れてきたスティールヘッドを釣りまくったシステムであるパワーウェットで挑んだ。九頭竜川を前にして、もしこの川にスティールヘッドが居たら、こうすれば必ず釣れると言う方法を実践してきた。

それで釣れないのだから、その違いは魚にあるとしか考えられない。サクラマスはスティールヘッドではないのだ。同じように海から遡上する魚なのに、どこが違うのだろう。

次の釣行迄の数日間、私はそればかり考えていた。スティールヘッドはスティールヘッド・トラウトと呼ばれるように、海から遡上するがトラウトである。サクラマスもマスと呼ばれているが、本当は歴としたサーモンだ。トラウトとサーモンの違いは何だろう。トラウトは河川を生活の場所としている。スティールヘッドは海から遡上して来た魚だが、川に入ると、その川で育った鱒のような行動をとる。プールの中を移動しながら隠れたり食事をしたり、その川に居る他の鱒達と基本的に変わらない。
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湖のように広がる機屋裏プールの開き。スティールヘッドが居るなら、ここで釣れるはずなんだが。

然るにサーモンは基本的に遡上を続ける。その遡上中、プールで休むだけだ。プールを生活の場とはしない。例え何かの事情で長い期間同じプールに留まっても、餌を採るために住み着く訳ではない。

こうした差をどうやって釣り方に反映させれば良いのだろう。私はこれまでプールで生活している魚を釣ろうとしていた。餌を採りに渕尻に出てくるはずの魚を狙って、雪代一杯のプールの開きを釣り、昼間は隠れている筈の魚を狙って、流れ込み脇にフライを沈めた。これはトラウトの釣り方だったのだ。

当時、私は未だアトランティック・サーモンの釣りを実践していなかったから、様々な書物からその情報を得ているに過ぎなかった。しかしサクラマスこそ、日本に於ける本当のサーモンフィッシングではなかろうかと、未だ釣りもしないうちから感じていた。
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スティールヘッド。海から遡上しても、鮭でなく鱒のような生活を送る。

新しいフライ

私は出来ることから変えるることにした。先ずフライだ。それまで最も多く使用したフライは例のGPだった。ジェネラル・プラクティショナーは、1953年にエスモンド・ドュルリー( Colonel Esmond Drury) が作り上げた本来アトランティック・サーモン用のフライである。それがスティールヘッドのコカインと言われるほど霊験あらたかだったから、私は真っ先にそれを使った。森さんが結んでいたのも、そのGPだった。しかし私はそれを変えることによって、私自身をスティールヘッドの呪縛から切り離すことを考えた。

サクラマスはサーモンだ。桜鱒ではなくチェリーサーモンだ。海から上ってきて、海の魚の性質を濃厚に持っている筈だ。それなら、彼らが海から遡上を開始するこの時期、彼等を釣るには海の魚を相手にするつもりになれば良いのではなかろうか。

私は海でヒラアジやシイラ、カツオ、そしてカナダの海でコーホやキングサーモンを釣った時に抜群に成績の良かったフライを取りだしてみた。グリーンのデシーバーがそれだった。私はそれを元に新しいフライを2本巻いた。

フックを逆さまにし、ボディーにマイラーチューブを巻き、ウィングにポーラーベアーとフラッシュを取り付け。その上をバックテールとピーコックで飾った。イメージとして思い浮かべたのは、サクラマスと同じ時期に川に遡上する稚鮎だった。
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初期のアクアマリン。2/0のシングルフックを使い、針先が上になるよう、通常とは逆さまに巻いた。

グリーンの濃淡とピンク・ブルーの2種類のフライを巻き上げると、私はリールに巻き込んであるフライラインをタイプIIに変えた。使用するラインを決めるのは釣り場に着いてから。これはパワーウェットの常識だ。しかし私は川が濁流でない限り、これを使うことに決めた。広くて深いプールの、そのまた一番深い所に大物は潜むはず。その考えを改め、表層近くを釣ることにした。元々タイプIIより沈みの速いラインを使うことは少なかったが、雪代で溢れた川を見ると、ついつい重いラインを選びたくなっていたからだ。

サクラマスは海にいれば水深100mほどの暗い世界を平気で泳いでいる。そんな魚にとって、水深3mなんて水面も同じだ。彼女等にフライを食べる気があるなら、躊躇わずに表層に出てくるだろう。川底から水面までの距離など自分の体長の数倍しかないではないか。

しかし一方で気にしたこともあった。サクラマスは海の魚としてはちっとも大きいと言えないが、海から見れば遙かに狭くて浅い川に遡上したら、そこでは大きく目立つ魚だ。海に居た時と違って警戒心を強く持つだろう。遡上するにしても、定位するにしても、きっと安全な場所を選ぶに相違ない。今度はそういう場所を見つけだして釣ってみよう。
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増水した送電線下のプール。

1988年4月4日

毎日目をつむると雪代に溢れた九頭竜川の流れが脳裏に浮かんでくる。私はその広大なプールにフライを流している自分の姿を何度も思い浮かべていた。その広大なプールの端から端までフライを流していたら、直ぐに日が暮れてしまう。プールが広くても魚は少ない。魚の居ない所を釣らないようにしなければ。

四月の第一週、私はそれだけを肝に銘じ、九頭竜川に向かった。いつものように送電線の通る畑の脇に車を置き、夜が明けるのを待って土手を越えた。その日の九頭竜川は雪代水で溢れんばかりに流れていた。私は一人で送電線の上のプールから釣り始めた。

この数日間、頭の中で随分と釣り方を考えてきたが、実際に川を前にすると思うようにならない。流れの中に、ここと思える場所が見あたらないのだ。それが増水のせいであることは判っていた。結局、送電線下、合流点と場所を変えながら釣り下ったが、しっくり来ないまま数時間経ってしまった。合流点から下流は高速道路まで見渡す限り急な瀬が続いている。私はそこから更に下ることを止め、上流に向かうことにした。
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送電線の下流に広がる合流点プール。
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右岸から眺めた幼稚園前プール。この豊かな水のどこかにサクラマスがきっと居るに違いない。

車に乗って五松橋まで戻ると、幼稚園前に居るはずの森さんが見えない。恐らく上流に向かったのだろう。私は川の右岸側の土手下を走り、機屋の対岸に向かった。案の定、道路の終点に森さんと市村さんの車が止めてあった。

私が竿を繋いで土手を上り切った時、車に戻ってきた市村さんと出くわした。彼はその日、夜明けから機屋裏のプールに入り、4時間に亘って釣りをした。2時間前から森さんもやって来て釣ったが、何もないので引き上げてきたところだった。

私は様子を聞かせて貰った後、上流へ向かって歩き始めた。道路の右手に幼稚園前プールが広がっている。対岸から見ていると目の前の右岸側が良く見えるが、こちらから見ると対岸が良さそうに見える。隣の芝は青いとはよく言ったものだ。

雑木の木立を抜けると、目の前に機屋裏のプールがパノラマのように広がっていた。いつもより水位が高いから、その広さも格別だ。森さんは少しばかり下流で竿を振っていたが、私を見つけると直ぐに上がってきた。市村さんが帰った後も、何も起こらなかったそうだ。

-- つづく --
2002年03月03日  沢田 賢一郎