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サクラマス編 • 第2ステージ  --第63話--

フレッシュラン

サクラマスは居た。山は凍り付きサクラの季節にはほど遠かったが、サクラマスは既に遡上していた。そしてプールの中でじっとしていた。2月の1日と2日に釣り上げた魚は、想像していた通りフレッシュな魚ではなかった。むしろ古い魚と言ってよかった。その色や鱗の状態を見る限り、年末に上がった魚かも知れなかった。

解禁日にはそれまでの数か月に上がった魚が少しだけ居る。それを釣ってしまうとプールは空になる。新しい魚は直ぐにやって来ないから空の期間が長い。つまり暫く釣れない。可能性の最も高いのは未だ釣れていないプールだ。
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流れ出た雪代が、本格的なシーズンの開幕を告げる。

我々はこの2日間でめぼしいプールの大半を回った。その半分は条件の良くない時に釣ったものだが、それでも8号線より上流に残っている魚の数は極めて少ないと思わざるを得なかった。

雪解け

解禁と同時に釣れた話は瞬く間に知人の間を駆け巡った。数人のアングラーが直ぐに川に向かったが、案の定、それ以降にサクラマスが釣れた話を聞くことがないまま1ヶ月近くが経過した。

2月も末近くになった頃、九頭竜川に春が訪れた。雪代が絶え間なく流れ、川は満々と水を湛えた美しい姿となった。大量の雪代が川から海に流れ込めば、沿岸のサクラマスがそれに刺激されて遡上を開始する。本格的なシーズンの到来も近い。
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遡上して時間が経つにつれ、サクラマスは川の魚らしくなる。

その当時サクラマスに熱中している人の数は僅かだったが、それでも前年から見れば倍近くに増えていた。熱中していると言っても決して簡単な釣りではないから、実際にサクラマスを釣った経験のある人は未だほんの数人だけであった。私はその熱心な人達に声を掛け、九頭竜川に集まって一緒に釣りをしようと呼びかけた。

1989年の3月6日、十数人のアングラーが九頭竜川の東と西から集まった。後にサクラマス釣りのエキスパートとして、その名を知られるようになった人達ばかりであった。その頃サクラマスを釣りに来る人は極めて少なかったから、当日は集まった人達が九頭竜川を借り切って、釣り大会を楽しんでいるようなものだった。
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真冬に遡上した魚は、越冬したヤマメのように身体が錆びているように見える。

その日の朝、私は五松橋を渡り久し振りに送電線が通る土手の上から川を眺めていた。河原の先には解禁日の5割近くも水の増えた川が流れている。あの青白い雪代が流れ出してからもう2週間近くになる。新しい魚がそろそろ上がってきているはずだ。

海から上がって間もない魚と遡上してから長い時間経過した魚とでは、居着く場所に違いが有るだろうか。私はそんなことを考えながら思わず苦笑いしてしまった。

全くアングラーと言うものは、何と自分にとって都合の良いことばかり考える人種だろう。判っているのにまた勝手な期待をしている。居着いている魚とは動かない魚のことだ。動かないなら下流からやって来ない。下流にいる間は早く上ってきて欲しい。ここまで来たら動かない魚になって欲しいとは、何とも身勝手な考えだ。

この付近では暫く魚が釣れていない。釣れないのは居着いている魚が極めて少ないからだ。その少ない魚を探すより、この増水で上がってくる魚を狙った方が良さそうだ。
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雪代で溢れた機屋裏の開き。遠くに見えるのが幼稚園前の流れ込み。正に自然のエネルギーが詰まっている。

居着く魚はプールの形や大きさを気にするだろう。しかし速い速度で遡上を続ける魚は、休みたくなる場所に止まるだろう。雪代で増水した川を上る魚が休みたくなるのは、遡上に疲れた時だ。遡上するのが大変な場所の筆頭は滝や堰堤だが、ここより下流には無い。次に大変なのは長い急流だ。この付近で最も長い急流と言えば、北陸道の橋の上に広がる瀬だ。橋の下まで数百メートルに亘って早い瀬が続く。その瀬を登り切って疲れた魚に誂えたようなプールがある。しかもそのプールには流れ込みが二つある。どちらを上るか、それを決めるために只でさえ止まる時間が長くなる。まるで峠の茶屋だ。これこそ絶好の条件だ。
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居着いていたサクラマスの食事。大きな餌を積極的に追い回しているようには見えない。

私は改めて下流に広がる河原を見渡した。上空を走る送電線の向こうに合流点プールが微かに見える。あそこが一番だ。気温と水温が最も上がるのは正午頃だろう。その時間帯に必ず釣ろう。私はそう決めるとひとまず下流へ向かった。

正午までは未だかなりの時間がある。それまで3カ所くらい回れるかも知れない。朝方、私が五松橋を渡ったとき、幼稚園前と機屋裏に数人ずつロッドを振っている人達がいた。誰だか判らなかったが恐らく午前中は動かないだろう。何処か誰もいないプールを探さなければ。

8号線のプールにも人影が見えた。釣れた場所には人が集まる。尤も、随分と時間が経過しているから、全く新規と考えるのが普通だ。私だって誰もいなければ柳の下に入っていただろう。

8号線より下には人の気配が無かった。私は車を土手に置くと、茅の中を川に向かって降りていった。このプールも去年の4月に釣ったときから見ると、川幅は広がったが浅くなった。私は流れの緩い部分を丁寧に一流しして戻った。水温が上がる季節になれば、きっと良いポイントになるだろう。しかし今は流れが速く浅すぎた。

次いで私は学校裏に向かった。このプールは堤から川までの距離が長いので、入る人が少ない。40分程かけて流してみたが反応はなかった。時計を見ると既に11時を回っていた。私は急いで上流を目指した。

合流点

電線の下に車を留めると私は堤防を越えて河原を歩き始めた。この時期にしては珍しく朝から雲一つ無い快晴が続いていた。そのせいでかなり強い風が吹き付けていたが、気温が上がったのと長い距離歩いたおかげで寒さを全く感じなかった。

朝方に張り切って釣っていた人達も昼食をとっているのだろうか。送電線の下に一人居ただけであった。私はその人に合図しながら更に下流に向かった。

合流点プールは満々と水を湛えていた。初夏には水面が鏡のようになる開きも今は波だったままで、下流に続く長い急流との境目がどの辺りだか判らない程沸騰していた。
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湖のように広がった幼稚園前。この水がサクラマスを海から呼び寄せる。

2本の急流が一つにまとまり、更に勢いを増して対岸にぶつかっている。そこから弾けた流れが川底を削り深い淵を作っている。沸き上がる水のせいで、カケアガリが急なことが一目で判った。対岸間際にラインを投げても、この流れにフライを沈めるのは不可能だろう。しかし手前側の流れが緩いから縦のターンを演出するには好都合だ。

私はそう判断すると流れ込みの脇に立ち、正面の対岸に向けてラインを投げ始めた。解禁日と同じタイプ II のシンキング・ラインの先に35ミリのウォディントン・シャンクに巻いたピンク・ブルーのアクアマリンが結んである。雪代で溢れているとはいえ水の透明度は悪くない。水温も朝から1度上がって7度となった。解禁日でも良かったのだから、これ以上沈みの速いラインを使う必要は無いだろう。風はますます強くなってきたがロッドが17フィートになったおかげで、キャスティングもラインの操作も、去年と比べて格段と易しくなった。

1投毎に2メートルほど下がって行った。5投ほどして小さな猫柳の木に差し掛かった。いつも岸に生えていた木が水の中にある。今は平水より60cm以上増水しているはずだ。
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雪代の中からやって来た魚は、17フィートを大きく曲げて流心に張り付いた。

猫柳を迂回してから私は少し上流にフライを投げ込んだ。対岸すれすれに落ちたラインが沈む流れと共に消えていく。頃合いを見計らってラインを張ると、フライラインはプールの中で縦のターンを開始した。水面に突き刺さったラインが止まっている。まるで流れがないようだ。

綺麗にターンしたのを見届けてから、私は手元のラインを手繰り始めた。それと同時にドンと言った重いショックが伝わってきた。私はゆっくりロッドを持ち上げたが、それは根掛かりのように動かなかった。

ロッドも大きく曲がったまま動かない。しかし私の手には明らかに生き物から発生する震動が伝わっていた。今まで釣ってきた魚と違う。私はゆっくりと岸に向かって歩きながら、ゾクゾクするほど緊張していた。

-- つづく --
2002年11月03日  沢田 賢一郎