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スティールヘッド編  --第109話--

海のコーホー・サーモン

1980年9月、私にとって2回目のカナダは、カムループスの湖へニジマス釣りに行くことから始まった。そのカムループスへ向かう途中、私は初めてトンプソン・リバーを目の当たりにした。
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トンプソン・リバー。上流部でさえこの広さ。フライ・フィッシングができるとは、とても思えなかった。

私はそれまでトンプソン・リバーの名前を聞いたことがあった。

そこで釣れたスティールヘッドの写真を見たこともあった。しかしトンプソン・リバーがこれほど巨大だとは思わなかった。川というより、湖が流れていると言ったほうが判りやすい。こんな川でフライ・フィッシングができるだろうか。私は目の前を流れる川の余りの大きさに言葉を失った。(第31話参照)

カムループスから始まったと云ったのは、初めてのカナダ釣行の時と同じように、私を含めた数人が、カムループス・ツアーの後に計画されていたもう1種類の釣りに参加する計画だった。
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バンクーバー・アイランドへ向かうチャーター便。ここも飛行場の一部ではあるが。

それは海でフライを投げ、コーホー・サーモン(シルバー・サーモン)を釣ることだった。その時のためダブルハンドのサーモンロッドとタイプ4のシンキング・ラインを用意してきた。それが最初の目的地であるカムループスで、思いがけず役に立ったのは、既に記した通りである。
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ブルース・ガーハート。この後、何年も一緒に釣をすることになった。

カムループスの釣りが無事に終了し、我々一行はバンクーバーまで戻ってきた。それから私は予定通り、数人のメンバーと共にカナダに数日間居残り、海でコーホーを釣るためバンクーバー・アイランドへ向かおうとした。ところがそこで大問題が発生してしまった。我々と一緒にカムループス・ツアーに同行していた旅行会社の添乗員が、その後のサーモン・フィッシングの手配を全て怠っていたことが判明したのである。

我々は大混乱に陥ってしまった。飛行機もホテルもガイドも何もかも一切予約が取れていない。我々は途方に暮れ、一時はその後の釣りを諦めようと思った。しかし折角準備をしてきたのだし、何と言っても我々は今バンクーバーに居るのだ。釣りが思うようにできなくても、将来のために何か役立つ情報が得られるかもしれない。

私は一か八かバンクーバー・アイランドへ飛ぶ飛行機を手配し、指示通り出発ゲイトに向かった。ところが向かった先は海だった。間違いかと思ったが、そのまま進むと桟橋に出た。その先に小さな水上飛行機が浮いていた。バンクーバー・アイランドに飛ぶ便に違いなかったが、その時の心細さと言ったら、いま想い出しても冷や汗が出るほどだった。

バンクーバー・アイランド

スリリングな空の旅を一時間ほど続けた後、我々はバンクーバー・アイランドのキャンベル・リバーと言う町に着いた。直ぐにタクシーで町一番のタックル・ショップへ向かった。リバー・スポーツマンと云う名の大きなショップで、町の名の由来となったキャンベル・リバーという川の河口近くにあった。
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多くのフィッシング・ボートが海に出払い、静かになったキャンベル・リバーの港。

私はそこで旅の目的を告げ、ガイドの手配を頼んだ。しかしショップのオーナーが云うには、フライ・フィッシングでコーホーを釣らせるガイドは2人しか居ない。空きがあれば良いのだが、と心配そうであった。

最初に連絡した相手は既に海に出払っていた。残りの一人に電話すると本人が出たが、都合が悪そうな様子だった。それでも電話口の相手は、私がどんな準備をしてきたのか尋ねてきた。私はバンブーのサーモン用ダブルハンド・ロッドと、12番のシンキング・ラインを用意していること。そしてコーホーに合わせて大きなストリーマーを持っていることを告げた。その話が伝わった途端、急に相手の態度が変わり、今から迎えに行くと云ってきた。私はやれやれ一安心と、肩が軽くなったのを憶えている。

20分ほど経って一人の男がショップに入ってきた。眼をギラギラと輝かせた雲を突くような大男で、ブルース・ガーハート(Bruce Gerhart)と名乗った。面白がってやって来たのがありありと判る様子であった。そのブルースは我々を港に案内し、すぐさま泊めてあったボートで釣り場に向かった。
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漁場に向けて全速でボートを走らす。潮は速いが海面は静かだ。

バンクーバー・アイランドはかなり大きな島であるにもかかわらず、本土と余り離れていないため、その間が海峡となり潮が速い。つまり良い漁場となっている。ボートは港を出てから10分足らずで潮目に着いてしまった。潮の速い部分はまるで川のようで、それに沿って多くのボートが鮭を釣っていた。見える範囲の全てのボートがムーチングと呼ばれる方法で狙っていた。生きた鰊、或いは切り身を餌にし、潮に乗ってフカセ釣りをしている。日本でメジマグロなどの青物を釣る時と同じ方法だ。

釣り場が港から近いと知って私は一安心した。遠ければ釣りをする時間が減ってしまうからだ。私は直ぐにロッドを繋ぎ、通したラインにフライを結んで待ち構えた。しかしそれからが長かった。ガイドのブルースは知り合いのボートを見つける度に接近し、大声でまくし立てる。
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潮目に展開し、ムーチングでサーモンを狙うボート。フライを投げているボートを見ることはなかった。

「オーイ、俺が今ガイドしている釣り人を見ろ。日本からコーホー・サーモンを釣りに来たんだ。それもフライで釣るんだぞ。何たってバンブーのサーモンロッドを持っているんだ。凄いだろ」

と言った調子で喋りまくった。ところがそのブルースの知り合いと言うのがあちこちに居るものだから、我々は殆ど見せ物。いつまで経っても釣りが始まらず、ようやく始まったと思っても、釣りをするより仲間のガイドと話をする時間の方が長いくらいだった。

-- つづく --
2014年09月19日  沢田 賢一郎