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スティールヘッド編  --第112話--

キャンベル・リバー

トロントで開催されたキャスティング・トーナメントが終了し、我々、選手一行はバンクーバーまで帰ってきた。そこから迷うことなく小型機に乗り換え、キャンベル・リバーへ向かった。空港には遠くからでも直ぐに判る大男のブルースと、その後何年にも亘って一緒に釣りをすることになったビル・ハリソン(Bill Harrison) が出迎えに来てくれた。
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アッパー・アイランド・プールの核心部。正にフライフィッシングのために存在するプール。

8月末のバンクーバーは陽が長い。我々は彼等の案内でキャンベル・リバーの河口からほど遠くないモーテルに入り、大急ぎで支度を済ますと夕方の川に向かった。日暮れは9時だからまだ2時間釣りができる。

私はブルースの案内で上流へ向かい、と言ってもほんの数キロだが、車を降りると川に向かって森の中の急斜面を下った。数分で私は水辺に降り立った。直ぐ下流に大きな中州があり、その上下に緩やかな流れが広がっていた。特に上流側の流れは美しく、流れ込みから凡そ150mほどの魅力的なプールを形造っていた。
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流れ込みは急な瀬となっている。

中州の上流にあるためアッパー・アイランド・プールと呼ばれていたこのプールは、後に私がキャンベル・リバーで一番気に入り、そして最も多くのスティールヘッドを釣り上げることになった流れであった。

話は前後するが、この時から4年後の1988年、私が初めてサクラマスを釣り上げた九頭竜川のプールの中で、同じように最も気に入っていた幼稚園前プールは、流れの方向が逆ではあったが、その佇まいがそっくりであった。初めて幼稚園前プールに立った時、私はアッパー・アイランド・プールを想い出して感慨に浸ったことを想い出す。
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プールの頭に立ち込み、フライを投げ始める。

また、ノルウェーのリバー・ガウラへ行き始めて間もない1995年、ギリーの案内で初めてヴィンスネス・プールを釣った時も同じ感慨に耽った。フライ・フィッシャーマンにとって、魂を揺り動かす流れとは、正にこのような佇まいを言うのであろう。

改めて見直すキャンベル・リバーは広かった。その広い川にフライを投げ、長い間の憧れだったスティールヘッドを狙う時が遂にやって来た。私は期待と緊張で息苦しくなりながら、道具の点検を終えると、ブルースに従って流れ込みに向かった。
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未だ色づく前のメイプル・ツリー。

降り口に広がる瀬から見ると上流はずっと大人しく見えたが、いざ水に入ってみると流れはきつく、川底は滑りやすかった。私は長い距離を慎重に進み、漸くアッパー・アイランド・プールの流れ込みに到達した。

そこから見る景色は格別だった。広大なプールの両岸は針葉樹の森が生い茂り、その所々に様々な色のメイプル・ツリーが、ここはカナダ、この川にはスティールヘッドが居ることを告げるように枝を張っていた。
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9月になると、美しい紅葉が始まる。

私は懸命に落ち着こうとしたが、胸の鼓動は激しくなるばかりであった。私はもう一度道具を見直した。ロッドは完成して未だ1年足らずのスペースシューター・9210S。正確さを競う的当て競技用に開発したスキッシュ2というモデルを元に、素材であるカーボンの種類を変更し、遠投性能を高めたモデルだった。それに サセックス・78リールをセットし、できあがったばかりのフラットビーム・35ポンドを巻いてきた。

ラインは10番のタイプ2。それにフラット・バットの-2Xリーダーを繋ぎ、その先に最初に結んだフライは2/0のフックに巻いたダーハム・レンジャー。ステールヘッドを最初に釣るフライはサーモンフライ。これもずっと前から決めていた。何年ものあいだ夢見てきた世界に、遂に足を踏み入れる時がやってきた。

私は流れ込みの瀬が程良く落ち着く辺りに進むと、リールから20mほどのラインを引き出し、下流の対岸に向けて投げ始めた。

流芯の流れが速く、落下したラインは瞬く間に下流に伸びていく。一投する毎に2mほど下流へ下ったが、私の身体にかかる水圧は大きく、足を動かす度に身体が揺らいだ。
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規模は半分ほどだが、ロアー・アイランド・プールも魅力的に広がっていた。

10回近く投げた所で川幅が広がり、流れが少し穏やかになった。私は少しずつラインを伸ばしながら同じテンポで投げ続けた。魚の当たりは何も無かったが、20mを超えるフラットビームが川面に伸びるのを見ているだけで、私は落ち着きを取戻し、何時かやって来る筈の当たりを待ち続けた。

4年前に来た時、この川を釣るチャンスは無かったが、もし釣っていても全く太刀打ちできなかった。しかし今はどうだ。私はこの雄大なプールの隅々にフライを流している。これで当たりが無かったら、このプールにスティールヘッドは居ない。未だ釣っても居ないのに、そう断言できるのが嬉しかった。

-- つづく --
2014年10月12日  沢田 賢一郎