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スティールヘッド編  --第114話--

畳み掛け

今しがたスティールヘッドの当たりがあった場所まで40mを切っている。このまま進めば3投目か4投目に同じ場所に差し掛かる。足下に見覚えのある石が現れた。先ほどの魚は、私がこの石の脇に立った時にやって来た。これだけの規模のプールなら、もしかすると未だ他にもスティールヘッドが居るかも知れない。投げ終わったラインから、フライがうまくスィングしていることを知らせる、あの心地よい重さが伝わり始めた。何回味わってもぞくぞくする瞬間だ。
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全く同じ場所で2匹めがやって来た。

その直後、流れていたラインが止まった。

「まさか」「本当?」
「来た! スティールヘッドだ」

数十分前と全く同じ事が起こった。魚はフライを捕らえた位置で身体を大きく揺すっている。沈んでいたラインが水面を割いて空中高く張りつめた時、魚は体勢を翻し下流に向け一直線に走った。
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再び下流に下り、魚を引き寄せる。

再び甲高いリールの逆転音が川面に響いた。2匹目のスティールヘッドも最初の魚と同じように50m近く素晴らしい速度で走ったが、そこで止まった。私は幸運に感謝しながら川を下り、慎重にその魚を引き寄せた。それは最初の魚より少し大きかった。ブルースが12ポンドと云ったが、確かにそれくらい有りそうに見えた。

既に2匹のスティールヘッドを釣り上げた。一つのプールで釣り上げたのだから、何と巡り合わせが良かったのだろう。しかし気になることがあった。2匹は全くと云って良いほど同じ場所で釣れたのだ。その場所は開きの始まった所だ。その開きは未だ少なく見積もっても30m以上も下流に向かって続いている。未だフライを流してない場所が充分にあるではないか。
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少し大きめの魚を取り込む。

午後8時を過ぎたが、辺りは未だ充分に明るかった。私は大急ぎで上流へ戻った。滑らないように足下ばかり眺めていても、スタート地点へ戻るルートはもうすっかり頭に入っていた。私は真っ直ぐにその場所に戻ると大急ぎでラインを伸ばした。今日は初日だから何時まで釣りができるか判らない。明るい内に何とかこの広大な開きの隅々までフライを流してみたい。当たりがあっても無くても、スティールヘッドという魚をもっと良く理解できる筈だ。
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ファイトが激しいため、ランディングする頃には大人しくなる。

当たりのあった場所はさすがに何事もなく通過した。私は一投毎に2mほど下がりながら、慎重にラインを伸ばした。開きの中程を通り過ぎた辺りで、今度はラインが勢いよく引かれた。体勢を整える間もなくラインが数メートル引き出されて止まった。私は大きく曲がったロッドを高く差し上げた。その時対岸から何やら叫び声が聞こえた。振り向くといつの間にかメイプル・ツリーの根元に数人のハイカーが居て我々を見物していた。そこで私が魚を掛けたものだから、彼等が手を振りかざして歓声を上げたのだった。

-- つづく --
2014年11月03日  沢田 賢一郎