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スティールヘッド編  --第116話--

ティペット

夢のような一夜が明けた。ブルースは翌朝から我々にキャンベル・リバーのポイントを全て巡る計画を立てていた。キャンベル・リバーは河口からほんの数キロの所に発電所がある。この川を大きく立派にしているのはその発電所からの放水によるもので、そこより上流は両岸が屹立した峡谷になっており、残念ながらスティールヘッドの釣り場でなかった。
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キャンベル・リバーの発電所。スティールヘッドを釣るポイントは、ここから海までの間に点在する。

その発電所から海までの短い流域に、めぼしいポイントは10箇所足らずしかない。数グループが入れ替わり立ち替わり釣りをしたら、瞬く間に魚がスレ切ってしまい、誰も釣れなくなってしまう。魚に過度なプレッシャーを与えないためにも、時間をおいて釣りをする必要が生じる。我々は2日目に川巡りをしたら、3日目は他の川に出掛ける予定であった。

その二日目の朝、私はアッパー・アイランド・プールから1km近く下ったプールに入った。そこは左岸側に川の水を汲み上げるポンプが設置してあることから、ポンプ・ハウスと呼ばれているプールだった。プールの形が少し変わっていて、そのポンプ・ハウスの直ぐ下流で川は右にほぼ直角に曲がる。その先50mほどで今度は左に曲がる。要するにクランク形になっていた。しかしアッパー・アイランド・プールやその他多くのプールと違って、最初の右カーブから下流へは岸も水中も歩くことができない。つまりその上流でフッキングした魚がカーブを曲がって下流へ走ったら、全てが終わることを意味していた。
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上流からアッパー・アイランド・プールを見渡す。

朝の7時頃だったと思う。私はポンプ・ハウスのすぐ前に横たわっている倒木の上に立った。その倒木はまるで誂えたように流れと平行に伸びていて、左岸からこのプールを釣るのに絶好の足場となっていた。私はその上に乗ってから、昨日と同じフライボックスを開いた。

そこには私を夢の世界へ導いてくれたダーハム・レンジャーが、まだ羽根を濡らしたままでいた。隣に同じフライが座っていたが、私は下の列から2/0に巻いたオレンジ・パーソンを取り出した。なるべく多くのパターンで釣った方が、後々フライを選択する際に役立つと思ったからだ。

テーパーリーダー

私がこのツアーで使用していたリーダーは、その3年前の1981年に実用化に成功した9フィートのフラットバット・リーダーであった。この扁平ナイロンを使用したテーパーリーダーは、ターン性能が特別優れていただけでなく、巻き癖が完全に取れるリーダーとして世界で初めてのリーダーだった。私はその性質に満足していたが、ティペット部分の長さには不満を持っていた。
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ポンプハウスの流れ込み。

全長が9フィートのリーダーであればティペット部分、つまりテーパーの無い先端部分の長さが少なくても50cm欲しかった。しかるに当時、完成したばかりのフラットバット・リーダーは、そのティペット部分の長さが凡そ30cmであった。これはその当時の製造技術に依るもので、テーパーの無いバット部分からテーパーを経て、再びテーパーのない細い部分を伸ばすと言うデザインを実現することが困難だったのである。

そのため長いティペットを必要とする場合、先端にティペット用の糸を結ばなくてはならなかった。

しかしテーパーの付いたリーダーの細い部分に糸を継ぎ足せば、何のためにテーパーリーダーを作ったのか、その理由が半減してしまう。ティペット部分を延ばすためには致し方ない手段とは言え、当時の私にとって大きな不満であった。
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中心部は美しい瀬となっている。

私はその日、前日の晩に用意したリーダーを使うことにした。そのリーダーはマイナス2Xの先に4号の糸を60cmばかり結んだものだった。その方がフライの落下状態と、その後の動きが良くなると思って行ったことだが、私は適当な糸を持ち合わせて居なかったので、ダブルハンドの競技でランニング・ラインとして使用していた4号の投げ釣り用の糸を、そのティペットとして利用した。

倒木の上に立ってフライを投げ始めてから5分ほど経ち、フライを落とす場所やラインの流れ方がすっかり判ってきた時、スィングを始めたラインが流心で突然止まった。私はロッドを持ち上げ、ラインを思い切り張った。水面に突き刺さったラインが微かに揺れている。魚が頭を振る振動ではない。しかし底石や障害物の類でもない。そのまま10秒近くが経過した。

-- つづく --
2014年11月23日  沢田 賢一郎