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スティールヘッド編  --第119話--

サーモンフライ

念願のスティールヘッドが釣れたことと同じくらい嬉しかったのが、そのスティールヘッドを釣ったフライがサーモンフライだったことだ。
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シルバードクターが捕えたスティールヘッド。どちらも美しい。

私は1980年代に入って、サーモンフライを巻き始めた。当時の日本で完成したフライを使うあてはなかったが、私はそのフライの美しさに惹かれただけでなく、製作する上での技術的な難しさに挑戦する意味もあって、恐る恐るであったが再現するパターンの数を増やしていった。しかしスティールヘッドを釣ることが現実味を帯びてきた途端、私の考えは一気に変わった。

憧れの魚を釣る時に使うフライは、同じく憧れのフライでなければならない。それはサーモンフライを置いて他にない。このような全く単純な動機から、私はスティールヘッドを釣る日のためにサーモンフライを真剣に巻き始めた。
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スティールヘッド用のフライボックス。本命は勿論サーモンフライ。

しかし困惑することが山ほどあった。有名なフライのパターン・リストには、私にとって未知のマテリアルが数多く記載されていた。聞いたこともない、勿論見たこともないマテリアルが含まれているパターンを除くと、巻くことのできるパターンは限られてくる。さらに巻けると言っても、多くのマテリアルは本物でなく、代用品であった。それでも完成したフライは目を見張るほどに美しく、夢の魚を釣るのに相応しい姿をしていた。

私は用意したフライボックスの中にオレンジ・パーソン、ダーハム・レンジャー、ダンケルド、シルバー・ドクター、サンダー・アンド・ライトニング、そしてジョック・スコットをぎっしりと詰め込んでいた。
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スティールヘッドは小型でも大きなフライに良く反応する。

しばらく後になって判ったことだが、スティールヘッドは凡そありとあらゆるフライで釣ることができる。しかしそれが判ったあとでも、私は大部分のスティールヘッドをサーモンフライで釣った。どんなフライでも釣れるのであれば、最高のフライを使うのがスティールヘッドに対する礼儀のような気がしてならなかった。

息遣い

最終日の夕方、私はこのツアーの最後のチャンスにどうしてもやって見たいことがあった。それは初日の晩に大成功した釣りの内容を考え続けていた結果芽生えたものなのだが、フッキングした魚を下流の瀬に降らせない方法があるかどうかだった。
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サンダー・アンド・ライトニング。2/0 のフックが大きく見える。

初日の晩は本当に華々しかった。正に奇跡と呼んでいいものだ。しかし全ての魚が版で押したように下流の瀬に突入し、私は長い距離ラインを巻き取りながらその後を追った。アッパーアイランド・プールは魚が下流の瀬を降ってロアーアイランド・プールに逃げ込んでも、それを追って私も下ることができた。長い距離魚を追って河原を走るのも、釣りの大きな楽しみの一つで有ることに違いない。子供の頃からの鮎釣りでさんざん味わったことだ。

下流に走ろうとする鮎に対し、竿を起こして抜き上げてしまうこともたまに行ったが、あくまでも下流へ下れない時の非常手段であった。後に鮎釣りでは効率を最優先する結果、掛かった鮎を全て抜き上げて玉網で受ける、いわゆる引き抜きが主流になったが、私は出来るだけ引き抜かずに河原を下って取り込むのが好きだった。そのほうが時間が掛るだけでなく、下った範囲に居る他の鮎、これから釣ろうとしている鮎に悪影響を及ぼすことは承知の上であった。
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夜明けのサンディー・プール。魚はどんな時に下流の瀬に下るのだろうか。

鮎はいざとなれば引き抜きという手段がとれるが、スティールヘッドには通用しない。面白いで済んでいるうちは良いが、魚に付いて下れない場所だったら一巻の終わりである。何とかフッキングした魚と、そのプールの中だけでファイトする方法はないものだろうか。初日の晩以来、私はずっとそれを考えていた。

プールに居付いている魚は、多分間違いなくそのプールが好きな魚だろう。そうであればフッキングしたからと言って、気に入ったプールから直ぐに飛び出すのが自然ということではないだろう。フッキング後に魚の体力を消耗させ、降ろうと思った時には既にその力が失くなっているようにする。そんなファイトができないものだろうか。
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ヘイグ・ブラウンの瀬で強引な引きに耐える。

私は最初の晩に瀬を下った魚が、降る前にどんな兆候を見せたか。また、その時に私がどんなプレッシャーを与えたかを思い出していた。すべての魚がフッキングと同時に一目散に下流に下ったのなら、恐らく対処する方法はないだろう。しかし実際にはそうでなかった。

フッキングしてからの時間に多少の差があったものの、魚に下るしかないという選択をさせたのは、私のファイトの仕方だったのではないだろうか。

-- つづく --
2014年12月24日  沢田 賢一郎