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スティールヘッド編  --第123話--

1987年

カナダでのスティールヘッド・フィッシングはもう既に恒例となっていた。私は真夏の渇水が終了する頃合いを見計らって、9月に出かけるのが常だった。
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大量に遡上したサーモンに嫌気が差して、スティールヘッドは何処かへ消えてしまった。

この年はサーモンの遡上が早く、しかも数が多かったため、いつもの年とは随分と勝手が違っていた。初日にキャンベル・リバーを釣った時、スティールヘッドの気配がまるでなかった。アッパーアイランド・プールを始め、過去に大きな喜びを与えてくれたプールはよそよそしく静まり返り、その核心部からでさえ、何のコンタクトもなかった。

代わりといえば、おびただしい数のピンクサーモンが居たことだ。ピンクサーモンは岸近くに帯のように繫がって定位していた。近い場合は岸から凡そ2m、遠い時で5mほど。この間にほぼ3mほどの幅で多くのピンクが群がっていた。
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スタンプ・リバーの爆流帯を遡上するキングサーモン。

スティールヘッドを狙って流芯を流したフライが、やがて岸近くに到達すると、そのピンクサーモンの帯の中に入ってしまう。入ったら最後、無事では済まない。ゆっくり手繰ればピンク・サーモンがフライを捕らえる。それを防ぐために素早く手繰れば、今度はフックがその辺りに居るピンクに刺さってしまう。

口にかかっても平均で70cmほどのサーモンだ。簡単に取り込めるほど弱くはない。そして口でなく、身体の何処かにスレがかりしてしまった場合は、数倍の力で暴れまくる。
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スタンプ・リバーのコーホ・サーモン。屈強なファイター。

自分が動くことなく針掛かりしたピンクを取り込むためには、最早ロッドとリールという当たり前のファイト方法では時間がかかりすぎる。私は最後の手段として、ピンクが掛かってしまったと思ったら、ラインをゆるめてロッドを後方に向け、下流に伸びているラインを直に掴んで手繰った。途中で外れてくれたらもっけの幸いと思っていたからできることだが、ピンクからフックを外すのに必要な時間を随分と短縮できた。

しかしいくら短縮できたといっても、次から次へとピンクは引っ切り無しに掛かってしまう。朝から晩までこんなことを続けてはいられない。
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サンディー・プールでスティールヘッドを発見。

私はピンクの居ないところを探して釣り始めた。ピンクの群れの中にスティールヘッドが居るとはとても思えなかったからだが、そのピンクが掛からない場所は流芯に近いところだけだった。私はあちこちのプールでそこの流芯近くだけを釣るようにしたが、上流部では全く当たりがなかった。

スティールヘッドはいったい何処に居るのだろう。まさか遡上したサーモンに嫌気がさして、海に戻ってしまった訳ではないだろう。きっと何処かに居るに違いないと思って、手当たり次第にポイントを釣り歩いていると、待望の当たりがやってきた。
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有名なフライは釣り人にとって ”お守り”。

そこはサンディープールと呼ばれる何の変哲もないプールで、それまでスティールヘッドが釣れた試しのない場所だった。当たりは流芯近くで有ったのだが、フッキングには至らなかった。まともにフライに食いつかなかったのだろうが、その辺りにピンクの影はなかったことから、私はその当たりの主がスティールヘッドだと確信した。

キャンベル・リバーでスティールヘッドを釣りはじめてから、当たりがあってフッキングしなかったことはこれまでなかった。例え外れてしまっても一度はフッキングした。それが完全にスッポ抜けたのは、食い方が余程悪かったのだろう。
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遂に姿を現したスティールヘッド。

私はラインを手繰るとリーダーの先に結んでいたジェネラル・プラクティショナーを外した。フライを替えた方が良いと思ってのことだが、さてどんなフライに替えたら良いのか、直ぐに思いつかなかった。
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多くの釣人がこのフライを持つことで安心する。

開いたフライボックスには様々なサーモンフライが並んでいた。ここキャンベル・リバーで実績のあるフライがほとんどであったが、どれもこの場の救世主には見えなかった。私は暫く悩んだ末、これまで実績のなかったフライを取り出した。それは3/0のフックに巻いたジョック・スコットだった。

ジョック・スコットが実績のないフライだったと言うのは、本来おかしな話だろうが、その理由は単純で、単に使わなかったためであった。

何故、使わなかったか。その理由も単純で、失くすのが厭だったからだ。当時の私にとって、このフライは製作に多くの時間を必要とした。そのためフライボックスの中央に鎮座しているにも拘わらず、出番は殆どなかったのである。
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魚を釣る第一の決め手は、結んだフライを信じること。

フライボックスを穴のあくほど眺めた後で、私は今こそこのフライに相応しい舞台ではないかと思い、リーダーの先に結んだ。フライを替えた1投目、先ほど当たりがあった付近でラインが押さえこまれた。張り詰めたラインは、ピンクのそれと違う重い振動と共にゆっくりと対岸に向かって動いている。

数分後、15ポンド近い美しいスティールヘッドが左の口角にジョック・スコットをくわえ、私の足元に寄ってきた。

泣く子も黙るサーモンフライの威力に感心したのも束の間、それから僅か1時間の間に3匹のスティールヘッドを釣ってしまった。正に釣ったというより、釣れてしまったと言うべきだろう。

-- つづく --
2015年02月13日  沢田 賢一郎