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スティールヘッド編  --第134話--
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ノルウェー、リバー・ガウラの魚留滝。河口から150キロ上流まで、産卵に遡上する魚の障害物は無い。

釣り場の保全

世界中に多くの魅力的な釣り場が無数にあり、冒険を厭わなければ誰もが何処へでも釣りに行けた時代は良かった。しかしそうした時代は少なくとも30年以上前に終わったと言えるだろう。それ以降、釣り場の環境は無残なまでに破壊され尽くしている。ダム、堰堤、護岸に依って魚の住む環境は消滅、或いは劣悪なものとなり、魚が移動することもできなくなった。
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ツィード・リバーに面したホテルの部屋。釣り人が楽しめるよう、様々なしつらえが施されている。

私が子供の頃、水さえあれば何処にでもウナギがいた。それが今日は絶滅危惧種になる有り様だ。先進国はこうした環境破壊を避けて通れないと言う考えもあるが、それでは日本より遥かに早く産業革命を成し遂げたイギリスに、何故今でもサーモンが遡上し、それを釣るための釣り場が全国に整備されているのだろうか。
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ダンケルドを流れるリバー・テイー。街中の河川に今でもサーモンが遡上し、多くの人が釣りを楽しむ。

その最大の回答がプライベート・ビートというシステムだ。河川が流れる土地を所有する地主は、そこで漁業を行う権利があるため、行政側がダムを始め、堰堤や護岸を作りたいと言っても、流域の地主が反対すればできない。魚釣りが出来る自然環境を守りたいと思う地主が多かったおかげで、河川の環境は破壊されずに済んだ。
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ノルウェー、フォーラ・リバーの魚留滝。150年以上前からの名ポイント。

ところが釣り場がパブリックである国にはそのような歯止めがない。おかげで人の住まない山奥にまで自然破壊のための膨大な量のコンクリートが持ち込まれ、水は川でなく水路を流れるだけになってしまった。勿論、そこに住んでいた生き物の大半が消滅した。
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リバー・エムのホームプール。シャルル・リッツの写真と同じ景色。

自然破壊を食い止め、昔ながらの良質な環境を保った釣り場で釣りをしていると、時々複雑な気持ちになる。河川に面した土地を所有する地主に釣魚権を認めたため、第3者がそこで自由に釣りができなくなってしまった。その部分だけを考えれば悲しいことではあるけれど、もし自由であれば、人数制限の無いゴルフ場のようなもので、プレーは成り立たない。
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リバー・ガウラのニュー・プール。崩れた岸の補強は全て天然石。

そして、これは否定出来ない結論であるが、100年前と同じように魚が街の中を流れる川に生息、或いは遡上し、そこで同じように釣りを楽しむことが出来るのは、文明国ではプライベイトと言う管理体制を持った国だけである。残念なことに、だれでも自由に釣りができる国は、破壊も自由なため、魚の済む自然環境は消滅の一途を辿っている。
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エムの怪物。こんな魚が今なお生息する環境が素晴らしい。

スコットランドのサーモンリバーで釣りをした時、真っ先に感じたことは、今が20世紀だということを忘れたことだった。川辺の景色は100年以上前の本に出てくるイラストとほぼ同じだ。どうしてこの国はここまで自然環境を保全できるのか。ダムや堰堤、護岸等によって破壊された日本の川の姿を思い浮かべるにつけ、「自然を愛する日本人」などという言葉が空々しい。
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リバー・スペイの河口。人工物は皆無。

タイムマシンに乗って100年前のイギリスに渡り、そこで釣りをしている。スコットランでの釣りはそんな気分であった。その「古き良き時代」に触れる新鮮さが何とも感動的だった。
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リバー・ツィードのビマーサイド・ビート。150年以上前にジョック・スコットが初めて泳いだままの佇まい。


-- つづく --
2015年10月10日  沢田 賢一郎