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湖沼編 • カムループス  --第31話--

再びカナダへ

私がカナダで釣りをする2回目のチャンスは、一回目からほぼ10年経過した1980年に巡ってきた。今度は前回とはうって変わって内陸に向かい、カムループスに点在する湖を釣ることになった。カムループスと呼ばれる一帯には、大小およそ3000の湖があると言われており、遙か昔から湖で鱒を釣るフライフィッシャーマンにとって、聖地のように言われてきた場所である。そこに住む鱒はカムループス・トラウトと呼ばれ、ニジマスの原種として最も有名な種の一つであった。

有名な場所だから、そこで釣りをした話をあちこちの本で読むことができた。ところが調べていくうちに、内容が随分と違うものが目に付くようになった。暫く経って判ったことだが、この一帯と言っても、その範囲は広く、高地と平地にある湖では海抜にかなり差がある。当然気候も違うし、釣れるシーズンも釣り方も大きな違いが生ずる。ツアーの目的地がその中でどんなところに位置するかも判らず、出かける時期の様子も全く判らない。結局、準備のしようがないから、例によってぶっつけ本番、なるようになるさとばかり出かけることになった。
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初めて見るトンプソン・リバー。その巨大な流れに圧倒される。

9月のバンクーバーは暑くも寒くもなく、穏やかな陽射しが燦々と降り注いでいて、暑い日本から着いた私には天国のようだった。ところが国内線に乗り換え、カムループスへ降り立っと、何か張りつめたような空気を感じた。海沿いにあるバンクーバーと違って、カムループスはかなり内陸に入っている。それだけで気候が厳しくなる。飛行機を降りた時の爽やかさに、朝晩の冷え込みを予感した。
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ロッジの庭先から二つの湖が広がっている。この小さい方がフラップジャック。

我々一行は出迎えの車に便乗し、一路山へ向かった。山と言っても高く険しい山ではない。ハイキングに丁度良さそうな、低い山が延々と続いているだけだ。

途中、禿げ山だらけの不思議な景色に遭遇した。木を切ってしまったようにも見えない。ガイドに尋ねたら、砂漠だという。砂漠というと、アリゾナやオーストラリアの風景を想像してしまうが、雨が少なく、地面が何時も乾燥していれば、砂漠と言うことになるらしい。

そんなことに感心していたら、突然、信じられない光景が現れた。見たこともない巨大な川が目の前を流れている。何という広さ、何という水量。青く済んだ巨大な水路が音もなしに流れている。とても川とは思えない。湖がそのまま流れているようだ。私はそのスケールの大きさに驚き、ただ呆然と川岸に立ち尽くした。

川の名前はトンプソン。何処かで聞いたことのある名前だった。その時の私は眺めていただけでショックを受けていたから、何年か後、その川で釣りをすることなど、全く夢想だにしなかった。
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30cmほどのサイズだと、カムループス・トラウトの特徴が未だ見えない。

メドーレイク

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夕方のメドー・レイク。もう少し遅くなると、小さなニジマスがライズを始める。
山道に入ったところで、我々は車を大型の四輪駆動に乗り換え、目的のロッジに辿り着いた。メドーレイク・ロッジと書かれた看板がログハウスに掛かっていた。ロッジの前は、右も左も湖面が広がっている。続いているのかと思ったら、二つの独立した湖だった。その片方にメドー・レイクという名が付いていた。夕暮れ間近の静まりかえった湖面に、小さなライズが無数に見える。尋ねてみると、ライズの主は全てレインボーだという。それを聞いた途端、旅の疲れは何処へやら。翌朝に備え、早速したくに取りかかった。

時差ぼけのせいもあって朝早く目を覚ました私は、キャビンから出て付近を散歩した。昨晩と同じように、メドー・レイク(Meadow Lake)とその隣のフラップジャック(Flapjack)と言う湖には、幾つかの波紋が現れては消えていた。魚は沢山居るらしい。

初日の朝と言うことで、ロッジのオーナーが状況を詳しく説明してくれた。このロッジの周辺には10もの湖があるそうで、その内5つは歩いて10分以内にある。そこを僅か10人足らずのアングラーが釣るのだから、天国のような環境だ。
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メドーレイクの午後を釣る。30-40cmがこの湖の平均サイズ。同じサイズの魚と比較すると、当たりもファイトも、日本のものより遙かにワイルド。

私の初日は目の前のメドー・レイクから始まった。天気は良く、風もない。湖面には時折波紋が広がるが、それ以外、全く静かなもので、鳥の声も少ない。私はボートを漕いでロッジとは反対側の岸に向かい、教わった通りの場所で釣り始めた。

無駄だとは思ったが、最初にドライフライを投げてみた。事前に読んだ本の一節に、セッジで大釣りした話があったからだ。ボートを移動させながら30分ほどセッジを投げ続けた。景色さえ違えば、まるで丸沼で釣っているようだ。しかし浮かべたセッジに出てきたのは、20cmにも満たないニジマスの稚魚だけだった。

時間と共に水面はいよいよ静かになった。私はドライフライに見切りを付け、アンカーを打ってボートを留めると、ウェットフライを使い始めた。タイプIIのシンキングラインの先に2Xのリーダー。その先に10番のアレキサンドラを結んでみた。時刻は午前9時になろうとしている。

ラインを思い切り投げてから少し時間を置いて手繰り始める。待ち時間を変えたり、フライを取り替えたりしてみたが、一向に当たりがない。ロッジを出る時オーナーが、10時頃から釣れるはずだと言っていたのを想い出し、時計を見ながら釣り続けることにした。
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夕方、水面の虫にもライズを始めるが、小型の魚が多い。

朝食の時間

やがて時計の針は10時を指した。けれども、相変わらず湖面は静かだし、風も吹かなければ、物音一つ聞こえない。10時になっても何一つ変わらない。10時から釣れるはずと言ったけれど、いったい何を根拠にしているのだろう。様子に変化が無いから、今日は何時もと違うのではないだろうか。

その時、突然ラインが引かれた。日本では余り味わったことのない荒っぽい引き方だった。ロッドを起こすのとほぼ同時に、魚が水面から飛び出した。ニジマスだ。ニジマスしか居ない湖だから、釣れればニジマスに決まっているのに、掛かった魚が空中高くジャンプすると、思わずニジマスだと叫んでしまう。

それから暫くの間に、私は3匹のニジマスを釣り上げた。30cmから40cmほどのサイズだったが、カムループス・トラウトの引きの強さに、改めて野生の凄さを感じた。

-- つづく --
2001年12月16日  沢田 賢一郎