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高原川編  --第68話--

イブニングライズ

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昼間、小さなドライフライを使って広範囲を釣り歩く。

陽が延び、水量が増え、餌が多くなり、魚の警戒心が強くなる。春の解禁日以降、日を追ってこの傾向が強くなり、何処の川に行っても、天気が良い日の昼間は魚の出方が悪くなる一方だ。いきおい夕方の釣りの比重が大きくなる。

イブニングライズは勿論だが、その少し前から魚がそわそわし始める。明らかに昼寝から目を覚まし、夕食の準備に取りかかるのが判る。しかしその時間から日没迄が短い。凡そ一時間程しかない。尤も、その時間を朝から待ちこがれている我々には、例え3時間あっても瞬く間に過ぎ去ってしまうと感じるだろう。

その一時間の間に魚の活性が最も高くなる一時がある。ほとんどの場合、日没間際にその瞬間が訪れる。はっきり見えていたドライフライが、急に霞んで見えるときだ。ほんの一瞬しかないから、釣り始めるのが早すぎても遅すぎても、折角のチャンスを逃し徒労に終わる場合が多い。そのため最も良い時間帯に、その日、自分が最も釣りたい場所に立つことを先ず考える。そして安全のために、少し早めにそこに到着する。
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釣り逃がした魚、怪しいポイントなど、全て次回のために覚えておく。

ドライで上り、ウェットで戻る

ところが最高の一瞬が訪れるまで何もせずに待つのは馬鹿らしいので、目当てのポイントの周辺を釣り始めると、思いがけず良い魚が釣れることがある。

それに気を良くして、目的の地点に最高の時間に着くことができるよう、少し離れた場所から釣り上がるようになった。夕方6時が最高の時間となる場合、5時から釣り始める。そのとき目的地のどのくらい下流から釣り上がれば、丁度良い時間に着けるかを計算し、その場所から釣り上がる。ところが釣り人の常で、欲張りには歯止めが掛からない。少しでも広い範囲を釣りたいと思う余り、離れ過ぎた地点から入ってしまう。すると最高の時間に目的地に着けなくなる。途中でそれに気がついて、川原を走るのも釣り方が雑になるのも避けたい。そんな状況で思いついたのが、ドライフライで釣り上がり、ウェットフライに変えて釣り下がることだった。こうすれば、一つのポイントを往復2回釣ることができる。
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この季節、広いプールには必ずと言って良いほど魚が居る。
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プールの中で定位しているヤマメ。

先ずドライフライで数匹の魚を釣り上げ、帰り道にドライフライには浮上しなかった魚や、釣り損なった魚を釣る。始めた当初、その釣り方は我々にとって全く都合の良い方法であった。しかし魚の数が減り、残った魚が歴戦の強者ばかりになると様子が変わってきた。

浮上した魚がフライの至近距離でUターンしてしまい、それっきり出てこない。フライを捕らえたと思ったのにフッキングせず、魚が驚いて他の場所へ移動してしまった。フッキングしたのも束の間、フックが外れて逃した。ドライフライをまともに捕らえる魚が激減したおかげで、こういった出来事が私にも、私の周囲にも多発するようになった。

この釣り方を続ければ、ドライフライに反応した魚を釣り損ない、ますます釣れない魚を増やすだけであった。神経質な魚をドライフライで深追いするのは不味い。これはこうした状況で私の出した結論だった。
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小さなオリーブに向かって浮上してきた。

探索

だからといって、私は初めからウェットフライを使おうと決めた訳でなかった。魚の活性が未だ充分でないときに、釣り上げるか逃げられるかの勝負をするのは決して良い方法とは思えなかった。そのため私はドライフライを、その日ウェットフライに襲いかかる可能性の高い魚を探すために使った 。

目的のポイント、或いは折り返し点の下流からドライフライを使って釣り上がるのは同じだが、あくまでも魚を探すためだから、見つけただけで目的が達せられる。ドライフライにフォルスライズ(フライを捕らえるまでに至らないライズ)した魚、流れるフライの下で揺らめいたり、ギラッと身体を動かす魚。これらを確認しただけで、私は静かにそこを離れた。更にフライを投げ続け、その魚をドライフライで釣り上げようとはしなかった。失敗すれば、元も子も無くなってしまうからだ。
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スペント・バジャーをくわえた盛期のヤマメ。

その代わり、私は魚の居た場所をよく観察した。帰り道にその場所を釣る場合、何処に立ってどの方角にどれほどのラインを伸ばせばよいか。魚が移動することを想定し、フライを投げる範囲を何処までにするか。そして暗くなって見づらくなったとき、何を目標にすればよいか。最後に帰ってくる途中でうっかり見過ごさないため、必要なら目印を作って置いた。

この方法は大成功を納めた。ドライフライで釣り上がるときは魚を探すだけでよいから、かなり速いペースで移動できる。おかげで今までより随分広い範囲を探れるようになった。帰りは既に魚を確認した場所と、見つけられなかったが、どうしても投げてみたい場所だけに集中できたため、やはり限られた時間内に広い範囲を釣ることができた。そして驚いたことに、事前に発見した魚の大部分を、帰り道のウェットフライで手にすることができたのである。
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夕方、ドライフライを使って大物を捜す。

折り返し点

特定のポイントを折り返し点として選ばないこともあった。つまり、ほどよい時間になった時点でドライフライをウェットフライに変え、引き返すのである。私はそれまで他の渓流でも、忍野や湯川のような静かな流れでも、そうした切り替えをする経験が長かったから、ドライをウェットに変えるタイミングについて悩むことは無く、次のような尺度で行っていた。

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シーズン初期は流域によって使用するフライのサイズがかなり異なる。
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今田館の上流域。この時間帯にヤマメの大物が目を覚ます。

以上のタイミングで釣り方を変えた。しかしそのタイミングを故意に変える時があった。遅らせる場合の多くは水の澄んだ渇水時で、ドライフライへの反応が良いため、浮いているフライが僅かでも見えるうちはドライフライの釣りを続けた。時には見えなくなってからも、暫く続けることさえ有った。
逆に早めに変えたのは、増水時、或いは水の透明度が悪いときであった。雪代や雨のせいで濁りが入った場合など、初めからウェットフライを結んでいた。

どんな時にも共通していたのは、交換があわただしいことだった。ゆっくり余裕を持ってフライを交換することなどほとんど無い。常にと言っても良いほど際どいタイミングで行ったから、所要時間を少しでも短くするため、ウェットフライを結んだリーダーを数種類用意し、カーストワレットにしまっておいた。そのおかげで交換時間を随分短縮できた。通常の交換以外でも、釣り上げた魚にリーダーをぐしゃぐしゃにされたときなど、予備のリーダーのおかげで大いに助かった。

-- つづく --
2003年10月26日  沢田 賢一郎