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高原川編  --第70話--

フライとセッジ

高原川に大量のセッジが飛び交うと言っても、それは6月以降のことで、それ以前は水温の高い上流部で少し見ることができる程度だった。春は圧倒的に小さなメイフライが多く、季節の移り変わりと共にそのサイズが次第に大きくなっていった。

新しい場所で釣るとき、私はその釣り場の様子が判るまで様々な方法を試すのが常だったから、初めは使用するフライも、何となく魚がよくライズするメイフライの大きさに合わせていた。

解禁当初、昼間は16番、夕方は14番と言ったサイズのドライフライを使い、ウェットで釣る場合は、昼間12番、夕方は10番ほどの大きさを多用した。暫くの間、この選択で都合の悪いことは何もなかったが、釣りをする機会が増えるにつれ、フライのサイズやパターンが変わってきた。
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グレートセッジ、生まれつきの必殺フライ。

最も大きな使い分けは地域によるものだった。高原川は4月の末から本格的な雪代のシーズンに突入する。それまでの10倍もの水が流れると、地域による水温の差がほとんどなくなるが、それ以前は温水の湧き出る上流部の水温が高い。3月、上流は初夏の川でも葛山付近は冬の川のままであった。ハッチする水生昆虫のサイズにもそれが現れていて、下流部は昼間の暖かい時間だけ、16番から18番ほどの大きさのオリーブが積もった雪の上に沢山舞い降りた。当然、ヤマメもイワナも昼間そのオリーブにライズした。

ところが神坂より上流の佳留萱、中部工大、槍見橋、奥飛騨温泉と言った地域は水温が遙かに高く、様子がまるっきり違っていた。少なくとも水の中は初夏のようであったから、下流に比べ大きなメイフライや少量だがセッジもハッチした。しかし水中から空中の世界に出た途端、外は吹雪の時もあるし、晴れても気温が氷点下の時もある。そんなとき、多くの水生昆虫はハッチしても飛ぶことができず凍え死んでしまう。丁度3月の忍野と同じ状態にあった。
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水温が高いため、雪の中でもオリーブが盛んにハッチする。

そのため私は解禁当初であっても、この上流部を釣るときは次第に大きなフライを使うようになり、魚の反応もそれに呼応するように良くなっていった。

春先、下流部で私が良く使用したウェットフライは、コヒーブレーク、マーロックス・フェバリット、ライト・ケイヒル、メイフライ、ブルー・プロフェッサーなどで、皆スリムな形をしていた。サイズは主に12から14番を使った。同じ状況で使ったドライフライは、ワイルド・キャナリー、スペントバジャー、ブラックバットの16番が最も多かった。

しかし上流部では同じドライフライが14から12番となった。そしてウェットフライはピーコック・クィーン、グレートセッジ、ピーコック・アンド・グリーン、ダンケルド、イエローダン、プロフェッサー、パーマシェンベルと言うように、下流部とはかなり趣を異にした。上流部は水量が多く、場所によって濁りが入っているせいもあったが、魚は明らかにこうした大きく太ったフライを好む傾向があった。
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昼頃には沢山のオリーブが雪の上に舞い降りる。

セッジが欲しい

雪代が終わって高原川全域が夏の川に生まれ変わるまでの凡そ2ヶ月間、私に限らず、ここを訪れるアングラーの多くが上流部を目指した。雪の中でも夏のような釣りができる。それが高原川の魅力の一つだったから、当然であった。

その地域では春先でも、シーズン盛期に使用する大きなフライに対して反応が良かったことから、私は更に決定的とも言えるフライを探していたのだが、1000種類ほどの資料からは発見できなかった。それなら自分で考えるしかない。
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この季節、16番のスペント・バジャーが大活躍する。

私が欲しかったのは、ヒゲナガトビケラを頂点とするセッジをイメージしたフライだった。セッジを常食している魚、特に大物に絶対の効果があるフライだ。そして特定の条件下でなくても釣れること。極端に言うとセッジが飛ばず、ピューパが泳がなくても釣れるフライだ。
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槍見橋より上流を臨む。冬でも暖かい澄んだ水が流れる。

特定の地域や条件でのみ効力を発揮するローカルフライでなく、汎用性の高いゼネラルフライに仕上げるためには、製作可能なサイズに幅がなくてはならない。使用するマテリアルのせいで、特定のサイズのフライしか作れないようでは困る。

極め付きのセッジを作る上で、一番の問題はウィングのマテリアルであった。その模様を見ただけでセッジを思い浮かべ、しかも本物のセッジより美しく鮮やかな羽根はないものか。ここで私は再び10年以上前に戻ってしまった。忍野でブラウンを釣っていたときも、本物のセッジに勝てるフライばかり考えていた。

私はそれまでセッジをイメージしたフライを探すとき、先ずウィングにターキーを使ったパターンを当たってみた。そして様々な模様のターキーを使った後、次にピーコックに注目した。ところがピーコックを使用した既成のパターンが少なかったため、自分で考えたのがピーコック・クィーンを始めとする一連のフライだった。

もう少ししなやかで繊細な模様のマテリアルはないものか。そんなときスペックルド・フェザントと呼んだ雉の尾羽が目に浮かんだ。私は数年前に初めてそれを見たときから、ドライフライのウィングに使用していたのだが、どうもしっくしない部分があった。あのマテリアルはドライフライよりもウェットフライのセッジ・パターンにうってつけではないだろうか。私は久しぶりにその羽根を持ち出した時、これこそ探し求めていたものだ。これに勝るものはない。そう確信した。
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イブニングライズの時間、グレートセッジにヤマメが襲いかかる。

ウィングが決まった後は何の迷いも無かった。セッジを表すのに、ティンセル・ボディ、保護色のようなボディー・ハックル、斑のあるしなやかなハックル、そして姿勢を安定させるための短いテール。こうした形にするとあらかじめ決めていたから、そのフライは試行錯誤することなく直ちに完成した。出来上がった最初の一本を見て、その恐ろしい能力を確信し、躊躇うことなく偉大なセッジと命名した。グレートセッジが完成したのは、高原川の上流へ通うようになって3年目の、1984年春のことだった。
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雪が舞う佳留萱の上流域。川の水がお湯のように感じられる。

初舞台

グレートセッジが完成した数日後、4月の半ば頃と記憶しているが、私はこの新しいフライを数本フライボックスに忍ばせて高原川へ向かった。4月ともなると深い山間にも春の気配が満ちあふれ、河原の雪もほんの僅かばかり残すだけとなった。

その日、私は午後から神坂の上流にあたる佳留萱を、ドライフライで釣り上がった。佳留萱地区は急傾斜の河原に大岩がひしめき合い、蒲田川と名を変えた高原川の上流域で、最もダイナミックな流れとなっている。但し、上流の中部工大下に差し掛かる辺りで、左岸から足洗谷が流入する。この沢は水温が低いだけでなく、アルプスの焼岳から流れ出ているため、大量の火山灰を含んでいて、いつも灰色に濁っている。おかげで流入点から下の佳留萱地区は、水の透明度が悪かった。
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パーマシェンベル。一度使うまで誰も信じないが、ヤマメの大好物。

私はそこで中型のヤマメとイワナを釣り、夕方6時を回ったところで、そのまま中部工大下に向かった。足洗谷の合流点を超すと、蒲田川(高原川)は全く別の川となる。水が僅かに緑がかり、深い淵のそこまで丸見えになるほど澄み切っている。足洗谷より下流は、その透明度の悪さから昼間でも魚がフライに浮上するが、この区域は魚の警戒心が強くなるせいか、夕方になって薄暗くなるか、或いは雨でも降らないと魚の姿が見えないのが普通だった。

時刻はドライフライで釣るのに丁度良かった。いつもならこの時間、私は未だドライフライを結んで釣り上っていた。もう少し経ってからでないとウェットフライを結ぶことをしなかったが、今日は始めから新作のウェットフライを結ぶつもりでいた。
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雪代が一段落した佳留萱の下流域。豊富な水と大きな石がヤマメを育てる。

最初に選んだリーダーは7フィート半の3X。8番のパーマシェンベルをドロッパーにし、10番のグレートセッジをリードフライとして結んであった。リーダーの交換を終えると、私はそのまま上流へ向かった。帰りにもう一度同じ場所を釣るつもりでいたから、良いポイントであっても、フライを投げ過ぎないよう気を付けて釣り始めた。ところが1投目、フライが着水すると同時に魚が飛び出した。中型のヤマメがドロッパーのパーマシェンベルをくわえ足下で暴れている。今日は反応が良さそうに思えた。
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5月の末、上流域の魚の大半が30cmを超える。

その日は確かに良い日だった。釣り上がる間、私は20センチを少し超えたヤマメを更に3匹釣った。それだけなら驚くにあたらないが、最初のヤマメ以外、全てリードフライをくわえていたのである。ドロッパーを結んで釣り上がると、多くの魚が先に水面を流れるドロッパーに飛びつくのが普通だ。ところがリードフライに結んだグレートセッジを食べていたと言うことは、私は只ならぬものを感じた。

-- つづく --
2003年11月09日  沢田 賢一郎