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高原川編  --第76話--

知恵の輪

高原川が解禁になる3月、天気が崩れるとたいてい雪が降る。もし、水辺で雨が降ったとしても、上流や周囲の山々には雪が降る。雪は直ぐに解けないから、たいした増水にならない。

ところが4月から5月にかけて、海抜の高いこの地域にも本格的な春が到来する。雨が山の上まで降ると、そこに積もっていた雪を溶かすから、川に流れ込む水の量は降った雨の何倍にも膨れあがる。大した雨でないからと高をくくって出掛けると、川を見た瞬間、「そんな馬鹿な」と言うことになる。
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ピーコック・クィーン。大物キラーとしてその名を馳せている。

降っていた雨が止んだからと言って、直ぐに川が元に戻る訳でもない。一度流れ出した残雪は、急に冷え込まない限り溶け続ける。いきおい宿に閉じこめられる日数が多くなる。高原川はこの時期、最もリスキーなシーズンを迎える。

空を眺めるだけの退屈な時間を紛らわすためか、宝山荘には幾つもの知恵の輪が備えてあった。誰が考えたのか、どれも巧くできていて、暇つぶしには格好の玩具だ。私はそれらを端から解いていくうちに、一つの事に気が付いた。そこにあった知恵の輪には明らかに二つのタイプがあって、発想が全く違っていた。

一つのグループは、少しばかり考えてもなかなか解けない造形的な知恵の輪で、いろいろと試しているうちに漸く解ける。その代わり、ちょっと触っただけであっさり解けてしまうことがある。偶然が支配しやすい構造になっており、一度解いたからと言って、少し時間が経つとまた振り出しに戻ってしまうタイプだ。
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雨の槍見橋下流。ここまで水が増えると、釣り続けるのはかなり難しい。

もう一つのグループは、輪を解く理屈を考える事から始める。理屈が判らなければ、何時間格闘しても決して解けない。しかしからくりを解いてしまえば、後は単に時間の問題である。そのため一度解いてしまえば、時間が経って解き方を忘れてしまっても、直ぐに思い出して解くことができる。

これは何の話かというと、実は魚にも同じように二つのタイプがあると私は以前から思っている。生まれた時から魚に二つのタイプがあるのか、或いは育った環境や、その時住んでいる場所がそうさせるのかは定かでない。しかし、自分の釣りたい魚がどちらのタイプかを知ることによって、難しいと言われている魚を釣り上げる可能性が少しは大きくなるものだ。
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雨後の今田館前。回復を待つしかない。

幻の40ヤマメ

1987年、高原川を訪れるアングラーの数は更に増加した。解禁直後の3月は別として、4月以降はフライを使う釣り人が目立って多くなった。その中で、県外から訪れる人達は我々のようなフライフィッシングを楽しみ、地元の人達は古くから伝わるテンカラを得意とすることが多かった。

当時、私が高原川に出掛ける度に必ず出会う地元の釣り人が数人いた。必ず会うのも当然で、彼らは雨が降っても雪が降っても毎日欠かさず川に行く。そのため解禁から2ヶ月も経つと、何処のプールにはどのくらいのヤマメが何匹いるとか、どこそこの瀬にはイワナが沢山居ると言う風に、川の様子をすっかり知り尽くしていた。
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佳留萱の下流域。大物の居そうなポイントが続く。
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昼間、平然とライズを繰り返すヤマメ。

5月の中頃だったと思う。私はその内の一人から耳よりの情報を得た。上流のプールに大ヤマメが居て、仲間内で狙っているのだが、何としても釣れない。夕方になると目の前で平然と跳ねる。それも一度や二度でないから姿を何度も見た。横幅が10cm以上もあるから、長さはきっと40cmを超えているに違いない。ざっとそんな話だった。

そういう類の情報は先ず疑って掛かるのが普通だ。誰だってトロフィーとなる魚を見つけたら、その居場所を他人に漏らすことをしないから、話そのものが極端に大げさか、或いは全くの作り話であることが多い。真実である場合が一つだけあるとすれば、それは本人が釣りを続ける事ができなくなったか、諦めた場合に限る。

私は彼の情報を初めから疑っていなかったが、どうしてそんな大切な情報を他人に教えるのか尋ねた。彼が言うには、その魚にかまけたおかげで、この何日間というもの、自分も仲間も一日で最も良い時間をすっかり棒に振ってしまった。これ以上あの魚に関わっていると、折角の良いシーズンをふいにしてしまう。あの魚は諦めたから、興味があったら釣ってみてくれという事だった。私はその貴重な情報を教えてくれたことを感謝し、早速出かけてみると答えた。

場所は神坂堰堤の上、今田館という旅館の少し上流にある広いだけが取り柄と言った淵だった。そこから少しばかり上ると佳留萱に出る。佳留萱地区は無数の大石が織りなす魅力的な渓相を誇っていたから、その少し下流の平坦な地域は、余り顧みられなかった。そんな所に大物が本当に居るのだろうか。私は少し不思議に思ったが、確かに多くの人が急ぎ足で飛ばしてしまう地域だからこそ、今まで気が付かれなかったのかも知れない。
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雪代が終わる頃、極端に体高の高いアマゴが釣れ始める。

夕方、魚がライズするには未だ少し早い時間に、私は教わったプールの前に立った。なだらかな瀬が途中から急に広がって大きなプールを作っている。川幅が間もなく広がると言う場所の対岸に、話の通り一本の小さな木が生えていた。巨大なヤマメはその木の根本でライズするらしい。

その小さな木さえ無ければ、目を瞑っても釣りができそうに見える。私はその何の変哲もないプールからひとまず離れることにした。プールの様子を確認したかったのは、魚がライズする場所の流れがどのようなものか知るためだった。その場所が自然の要塞のようであれば、そこに逃げ込んだ魚が幸運と言うことになる。しかし教わった場所は案の定何の変哲もない、単純な流れだった。
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石の大きい佳留萱地区は、大物を狙う人に人気が高かった。

変わり者

普通あそこでライズしたら、その魚はお仕舞いだ。ドライフライをナチュラル・ドリフトさせるのが易しい流れだから、一週間と経たない内に誰かが釣り上げる。しかも私の知っていた地元の釣り人達は長いテンカラ竿を使って、ドライフライをドラッグフリーで見事に流す腕前の持ち主だ。その彼らが諦めるなんてどうにも腑に落ちない。

何人もの釣り人が入れ替わり立ち替わりフライを投げたのだ。完全なナチュラル・ドリフトもあれば、少しばかり不完全なものもあるだろう。中には絶妙の流れ方をしたことだってあっただろう。それでも出て来なかったのはどういう訳だ。

そのヤマメは一筋縄ではいかないほど長けた魚なのだろうか。さんざんいじめ抜かれたために、如何にフライをナチュラル・ドリフトさせても、それを見破ってしまうのだろうか。
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シナモンキング。朝から晩まで効き目の落ちないフライ。

一つだけ確かなことは、その魚が変わり者だと言うことだ。そうなった原因は知らない。しかし普通でないことは間違いない。その魚がライズする時間に私がドライフライを投げたって、恐らく無駄だろう。それどころか、ライズしている時にフライを投げてしまったら、その後も見込みがない可能性だってある。

私はその辺りまで考えを巡らすと上流の佳留萱地区をドライフライで釣り上がり、薄暗くなったところで予定通りウェットフライに変えて釣り下った。目当てのプールに戻った時、今田館の窓が随分と明るく見えた。目当ての魚が私の留守中にライズしたかどうか知らない。何れにせよもうライズの時間は終わっていた。瀬は暗くなっていたが、下に広がるプールの水面は鉛のように鈍く光っていた。

私は空を背景にリーダーとフライを点検した。7フィート半の2Xの先端に6番のピーコック・クィーン、その70cm手前から伸ばした0Xのティペットに、同じくシナモンキングの6番をドロッパーとして結んでいた。リーダーに異常が無いことを確かめると、私は瀬の中程から釣り下った。中程と言っても瀬は僅かだから、3投目には対岸の小枝の下をフライが流れていた。この辺りでいつもライズするなら、今はもっと下流に出ているだろう。
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頭と尻尾を見なければ、確かに40cmに見える。

私は慎重に歩を進めた。小枝が私の真横に来た時、フライは池のように広がるプールの中を泳ぎ始めた。フライが落下する対岸の際は流れが幾らもないが、手前の瀬に落ちたラインがフライをゆっくりとプールの中に導いている。私はまるで全身がロッドの先になったように気を張りつめ、静かにフライを流し続けた。

その魚が餌を採っているなら、今この辺りに居るはずと思った時、竿先に電流が走った。合わせるのと同時にドスンとしたヤマメらしからぬ手応えがあった。しかし魚はそこから動かず数回大きく頭を振った。これはヤマメの引きだ。
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ピーコック・アンド・グリーンを捕らえたアマゴ。ヤマメに比べ体高が高い。

口に付いたものが外れないと知った魚は、私の脇を通り抜け上流へ向かった。流心の川底を這うように上ると、今度は一転して下流へ走り、プールの真ん中で根掛かりしたように止まった。私は5分以上もファイトし、漸くネットで掬った。姿がよく見えなかったが、その強さからしてかなりの大物に違いない。私は安全のため川から上がると、ネットの中へ手を差し入れた。太い。片手でやっと持てるほどの太さだ。しかし何だか変だ。私はネットを大きく広げ、非常用のライトで中を照らした。映ったのは確かにヤマメだったが、まるで鯛のような形をしていた。長さは33cm、頭と尻尾を隠すと間違いなく40cmのヤマメに見えた。

この魚は初めて見たピーコック・クィーンをあっさりと飲み込んだ。ドライフライに対して、或いは明るい時間ならもの凄いスレっからしでも、食後のウェットには目がなかった。私はこれ以降、同じような魚に何匹も出会うことになった。

-- つづく --
2003年12月21日  沢田 賢一郎