www.kensawada.com
アイルランドの夏、ロシアの秋  --第4話--

ジャンクション・プール

ジャンクション・プールには数時間前に降りたモーターボートが繋いである。今度は二人でボートに乗ったままそこを釣ることにした。クリベッツが流れ込む部分にアンカーを下ろし、そこから流芯の両側を釣る。数投ずつ行うと、アンカーのロープを数メートル伸ばし、そこでまた同じように数回フライを投げる。これを何回も繰り返し、広いプールの頭から中央まで釣り下る。歩かなくて良いから、何とも楽な釣りだ。私とマリアンはここで1匹ずつサーモンを釣り上げ、夕方近くになってロッジに戻った。
ff-4-1
フッキングした魚の大半がジャンプを繰り返す。

ウンバ・リバーの釣りは基本的にこのスタイルの繰り返しだ。即ちクリベッツを釣るときはジャンクション・プールまでボートで上り、そこから森の中を歩いて上流に向かう。帰りはゴムボートでジャンクション・プールまでラフティングする。ロアー・ウンバを釣る場合は、プールの流れ込みにアンカーを打って、少しずつ下流に下るか、或いは浅瀬に降りたガイドが押さえているボートから釣る。長時間歩き、滑りやすい急流に立ち込んで必死にロッドを振るクリベッツの厳しい釣りと、水に入らず、歩きもしない大名釣りのようなロアー・ウンバの釣りが同居している。道理で、サーモンの経験が全くないアングラーでも、トラウト用のタックルしか持っていない人でも、体力や経験が無くてキャスティングやウェーディングができない人でも、必ず釣れると言われている訳だ。事実、我々と同じ時期にやって来たアングラーの中には、一日中ボートの上に座ってロッドを持っているだけで、一週間に数匹のサーモンを釣り上げて満足げな人もいた。

ホームプールの群

釣り始めてから数日間、同じような状況が続いた。一日に数回、多ければ7、8回の当たりがあり、二人とも2匹ずつほどのサーモンを釣り上げた。前評判からすると随分少ない。理由の一つに、フライを軽くつつくだけで止めてしまう魚が多いこともあった。4日目の朝、我々はロッジの直ぐ前のホームプールから釣り始めることになった。ホームプールは流れ込みでなく、緩く傾斜した流れ出しの部分を釣る。釣り方は他のプールと同じである。先ずボートに乗って適当な場所にアンカーを打ち、そのロープを少しずつ伸ばしながら釣り下る。
ff-4-2
20 ポンド近いサーモン、さすがに力が強い。

最初にアンカーを打った場所で釣り始めると、直ぐに当たりがやってきた。私が慎重にフッキングを終えたとき、ボートの反対側にフライを流していたマリアンにも当たりがやって来た。私がファイトを始めた頃、彼女もロッドを大きく曲げてファイトを開始した。私がフッキングした魚はなかなかのファイターで、50メートル以上も真っ直ぐ流れを下り、そこで止まったまま頭を左右に振って動かない。魚は傾斜が最もきつくなる直前で止まっているから、私も無理はできない。アンカーを打ったボートの上からのファイトは、自分が全く動けないから、魚に対して異なった角度からラインを引いてプレッシャーを掛けることができない。どうしても持久戦になってしまう。

マリアンのフッキングした魚も同じような行動にでたようだ。やはり下流に走った後、川底に張り付いてしまっている。こんな膠着状態が5分ほど続いたろうか。魚はゆっくり動き始めた。やがてフライラインの後端が見え始め、魚が凡そ20メートルほど付近まで寄ってきたとき、ラインの先で銀色の固まりが突然宙に舞った。グッドサイズだ。と思ったが、ロッドに伝わってくるテンションが変わらない。おかしいと思う間もなく、直ぐ目の前で同じようなサイズのサーモンが跳ねた。飛沫が飛んでくるほどの距離である。そうこうするうちに、目前に広がった流れのあちこちでサーモンが跳ね始めた。何が起きたのか最初は判らなかったが、直ぐに了解した。遡上中の大きな群と遭遇したのだ。しかも水面を割って飛び出す魚のサイズが、これまで見てきたものより大きいのが一目で判る。
ff-4-3
ホームプールで大きな群れと遭遇。途切れることなくファイトが続く。
遠くに見えるのがウンバロッジ。

私は船縁まで引き寄せていたサーモンをやっと水面に引き上げた。すかさずガイドのニコライがネットですくい上げる。やはりこれまでで一番大きい。8kgはらくにあるだろう。私はフックを外すと直ぐにフライを投げた。フラットビームを引き出す間も惜しかったから、フライは30メートルほどしか飛んでいない。そのフライが下流でスウィングを始めた途端、直ぐに当たりがやって来た。私がフッキングに成功するのと、マリアンがサーモンをランディングするのがほぼ同時だった。彼女のサーモンもコピーしたように同じサイズ、同じプロポーションだ。ボートの周囲で相変わらずサーモンが跳ねている。私の二匹目の魚も軽くなかった。対岸側に向けて走り、なかなか寄ってこない。そうこうしているうちに、マリアンが二匹目をフッキングした。ボートの中で二本のロッドを右に向けたり左に向けたり、大忙しと言うより、てんやわんやと言った方がぴったりだ。

一時間ほどの間に二人で7本のサーモンを釣り上げ、リリースした。さすがに両腕が重くなってきた頃、気が付くと水面が静かになっている。当たりも数回続いてない。群が通り過ぎたのだ。

-- つづく --
2001年03月26日  沢田 賢一郎