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アイルランドの夏、ロシアの秋  --第7話--

ゴールデンプールのファイター

2週目に突入し、この川の釣り方にも慣れてきた。北国の秋は短く、瞬く間に通り過ぎようとしている。日に日に気温が下がり、森の色が急速に変わりつつあった。着いた日に少しばかり残っていた緑の葉が消え、赤と黄色に染まっていく。朝起きると外が白い。夜露が凍って霧氷が一面に広がっている。船着き場の周辺には遂に薄氷が張った。
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朝のゴールデンプール。足下に広がるすり鉢のようなプールを丁寧に釣り始めた。

よく晴れた朝、我々は何回目かのクリベッツを目指した。すっかり通い慣れた森の中を抜け、その日は最上流にあるプールを釣ることにした。クリベッツの上流はレイク・ポンチョ(Lake Poncho)と言う名の広大な湖となっている。その流れだしから釣ることにした。このウンバリバーの釣りを収録したパワーウェット・ビデオ・PART IV、フッキング・テクニックの冒頭に現れる美しいプールだ。私は先ずゴールデン・ランと呼ばれる、滑らかな湖の流れ出しから釣り始めた。数日前にやってきたサーモンの群れは、我々のビートをもうすっかり通り過ぎてしまい、今は後ろに広がる広大な湖か、そのまた上流の川に差し掛かっているのだろう。この2,3日、魚影の少ない状態が続いていた。早く次の大きな群れがやって来て欲しいところだ。しかし、川に魚が居ない訳ではなく、数匹の小さな群れはいつでも遡上を続けていたから、当たりのない日は無かった。誰もいないゴールデン・ランを一通り流してみたが、数匹のグレーリングがフライに飛びついただけだった。

私は一度岸に上がり、すぐ下流に広がるゴールデン・プールへ移った。ここは少しばかりおかしな地形で、幅が100メートル以上もある浅くて広い瀬の中に、すり鉢のようなプールが点在している。例によって川底が見にくいのと、底石が滑るので、ウェーディング(wading)には本当に神経を使った。一つ誤算があったのは、事前にボートから釣る場合が多いと聞いていたため、一夏の間ノルウェーとアイルランドで酷使したウェーディング・シューズを持ってきたことだ。まさか一時間以上の山道を頻繁に歩くとは思わなかった。おかげでこの時の靴は、靴底のフェルトが半ば消失し、隙間から砂が入り始めていた。グリップはもちろん最低である。

私は岸の近くに程良い形のプールを見つけ、先ずそこを釣ることにした。岸が平坦で、カメラが真横から撮影するのに好都合だった。私は徐々にラインを伸ばし、足下に広がるプールにフライを流した。プールは縦横に35メートル程の広がりを見せていて、15フィートのランドロック(Land lock)で釣るのにほど良いサイズであった。数回に亘ってラインを伸ばしていくうち、核心部とも言える地域にすっかりフライを流し終わってしまった。何の当たりもない。私は半ば諦めていたが、プールエンドのかけあがりを僅かに釣り残していたので、更にラインを伸ばし、フライをプールの縁に沿って流した。プールを外れて下の瀬にフライが落ちてしまうのを心配するくらい、際どい所を流れているとき、やっと待ちに待った当たりがやってきた。私は慎重にロッドを岸に向けて倒し、静かにラインを張ってフッキングに成功した。その一部始終をすっかりカメラに収めることができたのは、本当に幸運だった。帰国後、ビデオを編集するにあたって、私は何回もそのシーンを見た。その当時の感覚では、理想的なタイミングでフッキングしていると思っていたが、数年後に見直したときは、未だ早すぎるように感じたから、ウンバに出かける前のフッキングは随分せっかちだったことだろう。

-- つづく --
2001年06月26日  沢田 賢一郎