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アイルランドの夏、ロシアの秋  --第8話--

ブラックNo.4

ゴールデンプールでランディングしたサーモンは、体高のある凡そ8kgほどのサイズであった。このサイズのサーモンはかなり力が強く、ランディングするまで激しく暴れ回る。おかげでフライの損耗が激しい。2週目になって靴と同様、フライのストックが心細くなってきた。私が最初に持ち込んだフライの中で、ナイトホーク(Night Hawk)とブラックキングに対する反応が圧倒的に良かった。それが知れ渡ると、釣れない人には魔法のフライに見えるに違いない。何とか一本譲って欲しいと言う声に答えているうちに、数が減ってきた。そこへ来て、想像以上の数のサーモンに毎日かじられるものだから、消耗も激しくなってきた。ロッジに帰ると毎日、壊れたフライの補修をするのが日課になり、そして遂にそれもできなくなってしまった。

ロッジにはタイイングの道具が幾らか置いてある。めぼしいマテリアルはすっかり無くなっていたが、幸い、黒いリスの尻尾とシルバーのティンセルが残っていた。私はそれらとあり合わせのマテリアルを使い、4番のダブルフックの上に似たようなフライを巻いた。テールに短いトッピング(topping)、ボディにシルバー・ティンセル(tinsel)。ハックル(hackle)とウィングに、黒いリス(squirrel)のヘァーを縛り付けて作っただけのものである。タイイングしているところを見ていたドイツ人の親子に、何というフライかと尋ねられ、仕方なく黒の4番、ブラックNo.4と答えたのだが、それが結構釣れたものだから、今度はこのフライのリクエストが増えてしまった。

表層と低水温

気温はますます下がり、日中で7度、水温は常に5度以下になった。一週目、私は様々なフライラインを使ってみたが、水深50センチから4メートル近い所まで、インターミディエイト(intermediate)がほぼ同じように良い結果を残していた。

水温がこれほど下がれば、ガイドブックに書いてあったように、シンキングラインに分がある筈である。しかし2週目に入っても、相変わらずインターミディエイトの方が良いように見える。一体どうしたことなのだろう。先週は水面を割って跳ねるサーモンの姿をかなり多く目にしたが、この数日ほとんど見ていない。魚は沈んでいる筈だ。それにも拘わらず、シンキングラインよりもインターミディエイトの方が反応が優れているのは、魚が表層を泳いでいなくても、表層のフライにより高い関心を持つのだろうか。
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フライが浮いてもだめ、沈んでもだめ、水面直下がベストというのは、夏の渇水時に見られる現象のはずだが、水温が3度近くまで下がった最後の日まで、その傾向はついぞ変わることがなかった。ここの魚は水温がこれほど下がっても、同じように行動するのだろうか。本当のところ、良く判らない。

これは私にとって初めての体験で、トラウト・フィッシングだけでなく、サーモン・フィッシングに於いても、フライを水面直下に流すことに、それ以来大きな関心を持つようになった。数年後にDST・ダブル・シューティング・テーパー・ラインを完成させた時、真っ先にグリースライン・フローティング(greased line-floating)を作って、フライを水面直下に流せるようにしたのは、この時の体験が大きく影響していた。

-- つづく --
2001年07月26日  沢田 賢一郎