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濁流と渇水  --第1話--

3年目

ノルウェー3年目のシーズンを目前に控えた1996年6月、我々は最初のツアーを、前年と同じ6月の第3週と4週に決め、日本を飛び立った。過去8週間に及ぶ釣りの経験から、ノルウェーの釣りが少しずつ判ってきた。少なくとも、条件さえよければサーモンを釣ることができる。そんな自信めいたものも芽生えていたから、私の最大の関心事は、無事に釣りができるかどうかだった。何しろ前年は洪水のおかげで、到着してから1週間以上も釣りができなかった。2度とそんな目に会いたくない。しかし川は私の思い通りにはならない。実際にこの目で確かめるまで不安でならなかった。
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ガウラ最大の支流、ブア(Bua)に溢れる雪代。これでも洪水ではない。

オスロからトロンハイムに向かう途中、飛行機の窓から、ノルウェーの中央を南北に走る山脈の頂が見える。高い山は未だかなり雪が残っている。雪が多ければ洪水が心配だし、少なければ渇水が気になる。ほぼ満員の乗客の中で、この眼下の美しい風景を、そんな期待と不安が入り交じった気分で眺めているのは我々だけだろう。トロンハイムの飛行場に到着し、レンタカー事務所に立ち寄る。その女性スタッフからキーを受け取るのは今回で5回目となった。私はいつものように天気の移り変わりを尋ねる。要領を得ない答えが返ってくるのは判っているが、それでも聞いてしまう。この時の答えは、確か、季節の移り変わりは全く順調と言うことだった。

トロンハイムの飛行場に到着し、レンタカー事務所に立ち寄る。その女性スタッフからキーを受け取るのは今回で5回目となった。私はいつものように天気の移り変わりを尋ねる。要領を得ない答えが返ってくるのは判っているが、それでも聞いてしまう。この時の答えは、確か、季節の移り変わりは全く順調と言うことだった。

少なくとも洪水ではないようだ。これで少しだけ安心して川に向かうことができる。ストーレンに向かう途中、木々の間から見えるガウラは、雪代を満々と湛えた豊かな表情を見せていた。

洪水ではない。それだけで安心できる。ところで釣りの状況はどうなのだろう。ホテルに着いて早々にラグースに尋ねた。良い返事を期待していたのだが、彼の顔色が冴えない。それもその筈、魚は全くと言って良いほど釣れておらず、川にも人影が見えない。彼の話によると、この冬、雪は少なめだったが、とても寒く、それが五月になっても変わらなかった。水位は平常だったが、解禁日の直前に暖かい日があり、雪が融けて水位が急上昇した。水温は7度から4.2度へ下がり、絶望の解禁となってしまったそうだ。やがて水位が下がり、ガウルフォスとその下流で釣れ始めたが、そんな状況が3週目まで続いており、今でも釣れているのは下流のみということだった。
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少しでも雨が降ると、名もない支流から雪解け水が大量に流れ込み、川は一瞬の内にハイウォーターと化す。

何のことはない。状況は今もって最悪なのだ。

前年は一目見てそれと判る洪水だったから、ある意味で諦めがついたが、今年は見事なハイウォーターが目の前に流れている。それでも魚が居ないのは、下流にある例の爆流帯、ガウルフォスのせいである。水温が低く、水量が多いため、遡上してきたサーモンがそこを越えられずに止まってしまう。下流の魚は日に日に増えていると言うのに、上流には5月に遡上したサーモンがほんの僅かいるだだ。勿論、釣りの対象になるほどの数ではない。毎日水位を見ながら、サーモンがフォスを越えるのを待つだけの日が続く。つまり前年と同じ忍耐を強いられることになった。

フィスケコルト

唯一つ違っていたことがあった。今年は、この状況を想定して準備を進めて置いたのだ。前年の教訓を生かし、サーモンがフォスを越えなくても釣りができるよう、我々は地元の有力者を通じて、フォスの下流域に釣りができるビートを2カ所確保していた。フォスより上流のビートで釣れないのは残念だが、新しいビート、しかもこの状況で釣りができるビートに向かえる楽しみがあった。更に我々はこの年から、ホテルのオーナーだったフラグスタッドのビートも予約していたから、かなり上流まで釣りができる。これでどんな状況になっても、万全の筈であった。

下流のビートを予約して置いて本当に良かった。そう言いながら我々はフォスの下に向かった。そこはストーレンの下流、ルンダモという町の外れにあり、フォスから5kmほども下流だった。

最初に出かけたビートは大きな橋の下に展開するプールで、以前から興味があったポイントであった。この付近にはラグースやフラグスタッドのように、多くのビートを網羅したプライベートビートがない。全て地主の発行する入魚券を買って川に入る仕組みになっている。道路沿いにフィスケコルト(FISKE KORT)の看板が立っているので、直ぐにそれと知れる。この点は日本とよく似ているが、地主毎に異なる券を買わねばならないし、良いビートは勿論、前もって予約する必要があった。
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河原が無くなるほど増水したプール。微かな望みに賭けてフライを投げ続ける。

我々は釣り場に着くと、早速入漁券を買って川に降りた。大きなプールの頭から釣り始めたが、水色が悪く、水深1メートルほどまで立ち込むと、川底はすっかり見えなくなってしまった。水量が多いことと、この付近に所どころ粘土質の川底が露出しているためである。何時も澄んだ水に入って釣っていると、それが当たり前のように感じられるが、一度濁った水に入ると、澄んだ水がどれほど美しく有り難いものか、身にしみて判る。

身にしみて判ると言えば、我々がプールの中程まで釣り下がった時だ、数人のアングラーがやって来て我々の後ろに入った。少し雰囲気が違うと思ったら、全員ルアーを投げている。数分後、更に数人のアングラーが到着した。彼らも全員ルアーをぶら下げている。フライロッドを振っているのは我々だけである。幾らプールが立派だと言っても、10人も一度に入ったらとても釣りにならない。フライフィッシング・オンリーのプライベート・ビートの有り難さを再確認させられただけで、我々はそのビートを後にした。

次に向かったビートは、最初のビートから暫く上流に位置していた。案内してくれたオーナーによると、人が少なく、静かに釣るには打ってつけと言うことだった。林の中を抜け、川縁に着いた時、直ぐ上手に大きな岩が見えた。川がカーブした所にあるその岩の下流に、狭いが緩やかな流れが広がっている。付近の単調な流れからして、遡上するサーモンが必ず一休みしそうなスポットだ。人は誰も居ないし、これはかなり期待が持てそうに思えた。オーナーは我々の立っている場所の直ぐ下流側に生えている松の木を指さし、ここが下流側の境界だと教えてくれた。次いで上流側の境界を教えるため、我々を案内して川岸を上流に向かって歩き始めた。カーブの上流にはどんな流れが広がっているのだろう。私は期待に胸を膨らませながら歩いた。オーナーは大きな岩の近くまで歩くと、足下に流れている小さな沢を指差し、ここが境界だと言った。私はまるで狐につままれたように、呆然と立ちつくしていた。一目見て良さそうに思えた大岩の下のプールは、正に我々の立っている場所の上に広がっている。つまり、どうやっても釣りようがないのだ。
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6月は晴れが続かない。ガウラは水量の増減を頻繁に繰り返す。

私はどうして良いものか、ロッドを杖にして土手に立ち、川を眺めた。何の変化もなく、ただ水路のような地形を濁った水が流れている。百に一つの可能性も無い。冷たく濁った水が、そう言わんばかりに流れている。折角、予約を取り付けて来たのに、この有様だ。どうしようかと躊躇している私を後目に、マリアンはさっさとロッドを畳んでしまった。私は諦めきれずに上流側のボーダーから川を眺め、試しに数投だけしてみようと、ラインを伸ばした。その時、直ぐ目の前の土手を、一人のアングラーが降りて来た。10フィートほどのロッドの先から、大きなスプーンがぶら下がって揺れている。釣りをしなくてよい理由が見つかったとばかり、私もロッドを担いで川をあとにした。何と言うことだ。安全のために取って置いたビートなのに、全く無駄なことをしてしまった。

待つしかない。サーモンがフォスを越えて上流に上がってくるのを、前年と同じように待ち続ける日々が、またやって来てしまった。毎日、微かな望みを託してフライを投げているけれど、可能性は限りなくゼロに近いことが判っている。そうだからといって、何もせずにただ時間を過ごす訳にもいかない。我々は毎日のように、釣りを早々と切り上げると、ドライブを楽しんだ。条件が良ければ、ホテルとビートの間しか車を運転しないのに、我々は地図を頼りに1000km以上も走り回った。おかげでガウラとその支流の水源は勿論、近くを流れるオークラやドリーバと言った川まで見物することができた。

それにしても水が減らない。もう少しでサーモンが上がって来る程に減ると、また雨が降って元に戻ってしまう。
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フォスより上流のプール。ここまで水位が上がると、サーモンは遡上して来ない。

ミスター・ノーフィッシュ

当時、6月の3週目に釣りに来る人は僅かしか居なかったが、我々がここに来るようになってから、ホテルで毎回顔を合わせるノルウェーのファミリーがいた。私は前年、彼らが誰も釣れない時に魚を持って帰ってくるものだから、何処で釣っているのか尋ねてみた。彼らはフォスのプールで釣っていた。大部分がボートの上からハーリングで釣るため、面白くないと、誰からも聞かされていたが、面白くないと言う人の中で、実際に釣った人は居なかったから、どんなものか試してみたかった。それに、何と言っても、誰も釣れない時期、彼らは毎日のように魚を担いでホテルに帰ってくる。見せつけられる方はたまったものではない。我々もフォスで釣りができるよう、あちこち頼んでみたのだが、一向に要領を得ない。聞く人全てから違った答えが返ってくる有様で、オーナーも費用も、本当の所さっぱり判らない。判ったのはビートに空きがないことと、予約を取るのが極めて難しいことだった。

サーモンの世界ではビートを予約する場合、前年度の同じ週に釣りをした人が、翌年も優先的に予約できる権利を持つのが習わしとなっている。フォスで釣るために翌年のビートを予約したくても、今年釣った人が来年も釣ると言えば、永久に空かないことになる。まして、何人もの人が予約の申し込みをしているとなれば、新規に予約を取るのは殆ど不可能に近い。

彼らはこの年も毎日のように魚を担いでホテルに帰ってきた。それにひきかえ、フォスの上流域は釣りをするのが無駄と言ってもよいほどだ。我々には魚どころか、当たりもなければ魚影すら見えない日が続いていた。多くのアングラーが諦めて帰ってしまったが、我々はそうもいかないから、唯ひたすら魚が来るのを待つしかない。そんな中、我々が釣りを終えてホテルに戻ると、彼らはにこやかな笑みを浮かべながら、ミスター・ノーフィッシュのご帰還だと言い出す始末だった。

-- つづく --
2001年10月28日  沢田 賢一郎