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洪水と日照り  --第11話--

狙い撃ち

1997年は洪水という思いがけない状況から始まったが、私はこの年から始めるべく、一年前から計画していたことがあった。それはフライのプレゼンテーションを良くするために、フライラインを改造することだった。この年から始めた実験に基づいて、新しいフライラインの試作を開始したのが2年後の1999年。後にDSTラインと呼んだフライラインが完成したのは、2000年の春だった。

私がこの実験を始めるきっかけは、初めてノルウェーに来た1994年にグリルスを釣ったことだった。あの年の7月、私は自分目がけて遡上してくる大量のグリルスに初めて遭遇した。グリルスに限らず、明らかに下流から泳いでくるサーモンを見つけたことは、それまで釣っていたスコットランドの川でも少なからずあった。

しかし下流から迫ってくるサーモンにタイミングを合わせてフライを投げると言う、何ともスリリングな釣りを頻繁に体験したのは、あの時が初めてであった。それ以来、ここガウラでは毎年何回も同じ体験をしている。
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流れの速い下流の流心にフライを落とせば、ラインが直ぐに張ってフライを生き生きと泳がしてくれる。

最初の内はタイミングが合わなかった。原因は多くの場合、サーモンのスピードを低く見誤ったことだったが、暫くする内にタイミングが合いだした。

ところがサーモンの泳いでくるコースが私に近いと、してやったりとうまくフッキング出来ることが増えたが、遠いときは、タイミングが合っているにも拘わらず、魚がフライをくわえなかったり、くわえても直ぐに放してしまい、フッキングに失敗することが多かった。そしてその違いは歴然としていた。

私は最初、流心や手前側と言った自分に近いコースを上って来る魚に対して、フライをより下流側に向けて投げられることが、有利に働く理由と思っていた。しかしそうした狙い撃ちの回数が増えるに従い、失敗するのはコースでなく、距離が最も大きく影響することに気付いた。遠投すればするほど失敗しやすくなる。

ムービングフィッシュだけでなく、定位して居る魚を見つけた時も同じことが言えた。ライズによって魚の居場所が判った時、フライがある程度の距離を流れてからそこを通過するように投げた方が、いきなりその場所近くに投げるより遙かにフッキングが良かった。
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しかし流心の向こう側にフライを落とすとなると、先ずバックキャストを高く伸ばす必要がある。

いや、フッキングが良いというのは結果論で、フライの食べ方がまるっきり違っていたように思えた。魚の近くに投げた時は、食べるというより、突いたり,じゃれたりしているようにさえ感じられた。

これはもう、フライのプレゼンテーションによって決まっているとしか思えなかった。しかし、もしその通りなら、これは大問題である。急流に立ち込んで遠投していたのに、今までフライが落下した付近に居る魚を釣ることができなかったことになる。

私はそれが気になってからと言うもの、本当かどうかどうしても確かめたくて、この年、両手で抱えるほどのフライラインを持ってきた。様々なメーカーのフライラインと、それを詰めたり継ぎ足したりした改造品であった。

パワーウェット・フライフィッシング・ナンバー7のビデオは、この時に撮影したものが多く含まれているが、継ぎはぎだらけのラインも数多く登場している。
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上空から水面に突き刺すようにラインを飛ばし、水面すれすれでターンさせると、フライから先に水面に落とすことができる。

プレゼンテーション

凡そ全てのフライフィッシング、広い意味ではあらゆる種類の釣りに当てはまるが、フライのプレゼンテーションは、この釣りが成功するかどうかの鍵を握っている。プレゼンテーションなどと言うと、判りづらいかも知れない。それは即ち、どのような状態のフライを魚の前に届けるかだ。

ドライフライで言えば、魚が注視している水面にフライを自然のままに流すこと。ウェットフライをダウン&アクロスに投げて釣る場合なら、まるで本当の生き物が流れを横切るようにフライを流すことになる。

ラインやリーダーに適度なドラッグが掛かるように投げてやれば、それがフライを引っ張る。上流からラインに引かれたフライは、まるで自分の力で川を泳ぎ渡って居るように見える。魚を誘惑するのに、正に魅力的な姿だ。

問題は、水面に落下したフライが何時その魅力的な姿に変わるかだ。ラインやリーダーが弛んで落下すれば、良い状態になるまで時間が掛かる。変わるのが遅ければ遅いほど、フライが着水してから長い距離、フライはゴミのように流れてしまう。その間、魚を誘惑できない。つまり、遠投したことが無駄になってしまう。
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35mを越えると、落下と同時にラインが張るように投げるのが、急に難しくなる。

理想はフライが初めから魅力的な姿のままで、水面に着水することにある。それが出来れば、水面に落ちた瞬間からフライは魚を誘惑する。即ち遠くまで投げれば投げるほど、釣り場が広がることになる。

その理想的な状態を実現させるには、ラインが一直線に伸びきった状態でフライを着水させる必要がある。

フライラインのベリーが下がって早々と流れに呑まれてしまうか、そうでなくてもフライが上空からひらひらと落下するようでは不可能だ。これまでSS1712ロッドにサーモンリーダーを使うと、近距離ならバックキャストを高く上げることで解決できた。

しかし30mを越えるとかなり難しいし、35mを越えたら、もうライン抜きで解決できる問題ではなかった。私はどうしてもそれを可能にするフライラインが欲しかった。

-- つづく --
2003年02月09日  沢田 賢一郎