魚影の濃いアラスカではあきらめもつくが、胸にまで迫る流れに立ち込んでサクラマスと相対峙する緊張のとき、フラットビームが突然リールに挟まることは、釣りのリズム感を乱し、すべてを無に帰してしまうほどの出来事でもあったからだ。
プレゼント そうしてR社のリールに不満を抱いたまま何度目かのサクラマスのシーズンを迎えようとしたある日、その日はぼくの誕生日だったが、いつものように誰からも祝福を受けることなく、誰からも贈り物を貰うことなく、沢田賢一郎さんに会って日本の釣り環境を守る会の将来について相談していた。
話が終わって帰ろうとしたとき、「このおじさんの誕生日にも、何かお祝いが必要だ」と思い、ガラスケースの中を覗いているうち、銀色に輝くサーモンIIに目がいった。いやこれはウソで、本当は最近やたらと気になっていたのだ。
アンチリバースリールの信奉者であった釣友は、キングサーモンに翻弄され完膚無きまでに打ちのめされて、いつの間にか変貌していた。釣友は、ようやくキングサーモンに翻弄された理由が、アンチリバース機構そのものと、サーモンとのやりとりこそ柔軟に対応しなければならないことに気づき、沢田さんのビデオを全巻すり切れるほど見て、サセックスのサーモンリールを得ると、大型のアトランティックサーモンをなんなく釣り上げることができた。以来、しきりにサセックスのリールを褒めそやすようになっていたからだ。
いつだったか酒の席で、サクラの花びらをリールのデザインとしてあしらったサーモンIIをあまりにも自慢するものだから、「君はまだ、サクラマスは釣ってないけどねぇ・・・」とぼくがいってしまったものだから、多くのサーモンは釣ったものの、サクラマスには邂逅できないでいた彼はその夜荒れに荒れたっけ。
こうしてぼくは充分に学習させられていたのだった。だから、ためらわうことなくシルバーのサーモンIIを自分自身への誕生日の贈り物に選んだ。シルバーを選んだ理由は、ピンクやグリーン、ましてや透きとおるような瑠璃色のものを選んだら、きっと傷だらけにしてリールのもつ美しさを失わせ、道具をぞんざいに扱うことが癖になってしまった己を呪うに違いないからだった。
記念に沢田さんにサインをして貰った。リールケースには英文で「最高の幸せを」と印された。
「最高の幸せ・・・そうだ! 沢田さんはこのリールでサクラマスを釣ることを暗示してくれたに違いない」
新しいラインを巻きながら、やがてサーモンIIで果敢にサクラマスとやりとりするであろう自分自身をイメージしてたまらなくなり、「もうサクラマスはこのリールしか使わないからな」と、独り言にしては大きな声で口走った。横で聞いていた妻の「バッカみたい」という声も、暖かい祝福に聞こえたほど興奮していた。
サクラマスも遂に2ケタ
シルバーのサーモンIIは、この年のサクラマス釣りには必ず同行し、サクラマスとの邂逅も念願だった二ケタを超えたが、これも、「このリールに出会ったからかもしれない」と思わせるほどのツキがあったからだった。
ぞんざいに扱うのは依然ほどではなくなったが、この歳になると一度ついてしまった癖は直らないもので、ましてやサクラマスが応答してくるやいなや、俄然我を忘れ、サーモンIIには新品のリールとは見えない位傷ついた。しかし輝きは変わらず、むしろシーズンが終わり、ときどきその傷をながめ触れるたびに、無聊を慰められるのであった。 |
では、サーモンIIに不都合はなかったか?
滔々たる雪代の流れに立ち込んでいたときのこと、身体でかかえるように保持していたロッドから、音もなくスプールが落下し流れに没したことがある。
スプールは川底をゆっくりと転がり始めた。ぼくは、これから行われるであろう、200ヤードを超えるバッキングラインをたぐりよせる絶望的な作業を思い、あわてふためきながらもかろうじて両足でスプールを挟み、そのまま岸辺に向かい拾いあげてことなきを得た。
原因は単純だった。右ききでありながらリールは常に左巻きに装着するぼくの場合、衣類のどこかに操作性のよいサーモンIIのスプールのラッチがひっかったからだった。さっそく沢田さんにことの顛末を話して改良を勧めたが、サーモンIIまでを左巻きに装着するのはぼくぐらいだから、改良する必要はないのかもしれない。
銀色の輝きをさして、「ギラギラしすぎる」という声は聞いたことがある。しかしぼくは、なんらの装飾も施さないその輝きに、アルミという素材のもつ力を感じるばかりだ。
価格は決して安価ではない。マーキスなら2個は買える値段である。もちろん価格については安価であればあるほどよいには決まっている。だが、ならば人は何故高価なブランド品を好むのか? 確実にいえることは、ブランド品イコール良品という図式を思い浮かべる人は多いだろう。世の女性が少なからず抱くという、ブランド品に対する見栄の部分については、フライフィッシングの世界に入り込む隙はないはずだから、サセックスはこの世界のブランド品といっても過言ではあるまい。
精度は良くフラットビームがスプールの隙間に挟まることはないし、ドラグの効きも申し分ない。調節さえ怠らなければ、どんなに激しくラインを引こうとも、決してバックラッシュしないのは特筆ものだ。「機能的なものは美しい」といった言葉があるが、この言葉はサセックスのリールにもあてはまる、とぼくには思える。
かくてぼくのなかでは、サーモンIIに愛着以上のものを感ずるようになり、その思いを沢田賢一郎さんに伝えずにはいられなかった。ところが、沢田さんからはドラグの性能についてだけで、それも、
「30ポンドを超すアトランティックサーモンを掛けたとき、ちょっと不安はありますが・・・」
との返事があって、「ああ、なんというあまりにも豪奢な悩みではないか」と思うばかりなのである。
筆者近影

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