TROPHY CLUB

2003ガウラ釣り紀行 by 平野 秀輔

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ブリッジプール

 時計を見ると午後11時を回っている。サーモンはもうすべて上流に行ってしまったのだろうか。次のビートはDのブリッジプールであり、ティルセットよりかなり上流のプールだ。今週に入ってからブリッジプールでは1本のサーモンしか釣れていないが、同じ組のバレンティンは来ないようなことを言っていたので午前零時から朝の6時まで、一人でプールを独占できる。見込みは薄いが6時間粘ってみようと、ティルセットを後にした。

 ブリッジプールは一番思い入れが深いプールだ。ガウラに最初に来た年、生まれて初めてフッキングしたアトランティックサーモンは、ブリッジプールの中央、深く黒く見える通称すり鉢の近くで根がかりのような当たりから始まり、10分ほど強烈にファイトしたが一度もその姿を見られないまま、フライの結び目が解けて下流の激流に消えてしまった。あまりの引きにサーモンを釣ることに恐怖感さえ覚えた。

  その年はもう一回、次の年も一回ずつサーモンの当たりを取るが、十分にフッキングしないうちに外れている。去年は今年と同じように減水で、全くサーモンの雰囲気を感じなかった。NFCの名物プールで未だに1本のサーモンも釣っていない。「ブリッジプールで釣れないうちはサーモンフィシャーになったとは言えない。」と勝手に自分で決め付けていた。






減水のブリッジプール。橋より上流に立ちこんで釣りはじめ、右側の岩の突き出ているところを狙う。
(AF-S Zoom Nikkor ED24-85mmF3.5~4.5G)



 ブリッジプールには交代時間の15分前に着いたので、橋の上からプールをずっと見ていた。まだ前の組が釣りをしていたが、水が多い時と同じように例のすり鉢付近を中心に釣っている。そこはローウォーターとなってしまっている今では魅力のない流れだ。案の定、二人とも釣れていない様だ。減水したプールを良く眺めると、橋の上流の荒瀬が橋の真下にある岩にぶつかり、その下流に三角形の鏡ができている。サーモンが少しでも止まるとしたらここだろう。

  橋の上流の荒瀬に立ちこみ、鏡より上からその下まで投げたとしても、10投もしないで終わってしまうだろう。それ以外で可能性があるのはプールの最下流、プールの下にできている激流に向かう開きだ。ここにも三角形の鏡ができている。鮎釣りで言う瀬肩の三角というものだ。この2箇所しか釣るところはない。そこでロッドを2本用意して、前の組と入れ替わりにプールの岸に降り、ロッドをハットの屋根に立てかけた。1712HにタイプIIIをセットし橋の上流から例の鏡の下までを釣り、1612Dにフローティングラインをセットし下流の瀬肩の三角を釣ることにした。体力を温存するために途中は釣らない。つまり上流を釣ったらハットまで川原を歩いて戻り、そこでロッドを代えて下流を釣るということにした。この方法は一昨年、ギリーのヨナスとガウラ下流部を釣った時と同じやり方だ。

 小雨が降っているせいか今夜のガウラは暗い。フライを結ぶのにかなり不自由するくらいの暗さだ。そこで1712Hにはスティングレイの2インチを、161D2にはナイトシェイドの1.5インチを結んだ。まず一流し目と上流に入ったが、さすがにティルセットと違いタイプIIIでは手前の石に根がかりしてしまう。タイプIIに変えるが手前ぎりぎりまで欲張って流したせいか、リーダーが石に絡みついてしまった。リーダーは−8X。どうしても切れない。どうにかラインを持って思い切り引くとリーダーとフライラインの継ぎ目が裂けてしまった。


ブリッジプールの橋の上から見た瀬。黒、茶色、黄色。
AF-S VR Zoom Nikkor ED70-200mmF2.8G PL



SS1712D_H

  どうしよう。暗い中でスプライスをし直すかと考えたが、時間がもったいない。そこで普段は1612D用にしている短いラインのタイプIIを結んでみた。これが正解だった。ラインが短いのでピックアップが格段に楽になり、そして簡単にポイントにフライを落とせる。つまり流し終わったフライを直接バックキャストでピックアップし、左手をうまく使ってショートストロークでループを作り、遅いラインスピードのままシュートする。ポイントの上までフライが到達したらロッドティップを下げる。着水と同時にフライが小さな飛沫を上げる。まるでアキュラシー競技をやっているみたいだ。これなら一晩中振り続けられる。

  1712Hは遠投するだけのロッドではない。ループの安定感を生かしたアキュラシー性能とラインの取り回しの良さは抜群である。1612Dを一旦持ってしまうと確かにその重さを感じてしまうが、それでもできるだけこのロッドを振っていたい。上流の釣り方に目途が付いたので次は下流を釣る。川原を歩いてハットまで戻り、そこからまっすぐ川に下りると白い石が沈んでいた。それは立つのに丁度良い大きさで、そこから一歩も下がらずワンキャスト毎にラインを出していく。45度の方向にまっすぐに伸びたフローティングラインがその直線を保ったまま下流の真下まで流れる。次のキャストで2メートルほどフラットビームを出し、また同じようにラインが流れる。

  それを5回ほど行うと鏡のすべてをラインの直線を保ったまま流し切ることができた。やっとできた。これがやりたかったからキャスティングの練習に明け暮れたのだ。4回目のガウラでやっとまともに釣りができるようになった。

 午前2時になり、少し川が明るくなった。スティングレイをフィッシングファイアーに、ナイトシェイドをオレンジフレームに代えてまた釣り続ける。上流と下流を一旦釣ったら15分ほど休む。ホテルからもらってきたポットのコーヒーをすすり、たまにバナナをほおばる。しかし当たりもなければサーモンのジャンプもない。ただただキャストしては休憩を繰り返す。




オリジナルフライ

 午前4時、小雨こそ降り続いているが、川は更に明るくなった。岸近くはさらに黄色く透き通って見えるようになったので、フライを代えることにした。フローティングラインにはチューブのグリーンワスプを迷いなく結んだが、シンキングラインはどうしよう。そうだ、全く実績がないが新しく巻いてきたフライを結んでみよう。フィッシングファイアーをベースに、ハックルをイエローイーグルに、ボディをブラウンに、オーバーテールはブラウンヘロンに、そしてジャングルコックは赤に変えたフライだ。実はこのフライはあるアニメキャラクターの色彩をヒントにしたのだが、デスクの上で巻き上がった時には少し変なカラーバランスだなと思っていた。しかしリーダーに結び、ガウラの水に泳がせてみると本当に驚いた。色が合っている。カペカリーの黒、イーグルのイエロー、ボディのブラウン。そしてイーグルの動きと赤のジャングルコックは妖しさを発している。これなら行ける、これで6時まで釣ろう。

 一流し目、何も起きなかった。下流のグリーンワスプにも何の反応もなかった。すると対岸の橋下にフライマンが現れ、狙っている上流の流心に向かってスペイキャストを始めた。対岸はNFCのビートではない。だからといって邪魔をするのも気が引ける。どうしたものかと彼のラインを眺めていた。スペイキャストによって投げられたフライは例の鏡を越えて、つまりこちら側に落ちている。ということは鏡の中ではかなりのドラッグがかかり、フライは走ってしまっているはずだ。対岸の岩の手前でターンを終え、そこから先しかサーモンが食いつくチャンスはないだろう。ということは、彼の釣っている範囲と今狙っているポイントは違うことになる。そして彼の釣っている範囲で釣れる確率はこの状況ではほとんどないのではないか・・・。

  今、サーモンが来て彼が釣るならまだしも、このままでは素通りされてしまう。彼がキャストを止めるまで待っていたら今までの時間がすべて無駄になってしまう。そう考えるやいなや、手が勝手にロッドを取り、足も勝手に上流に歩き始めていた。




クライマックス

 橋の上流の荒瀬に立つ。対岸のスペイキャストのラインとトラブルを起こさないように、キャスティングのタイミングを計る。より正確に投げたいため、それまでよりややスクエアにラインを投げる。5投目、アクションをつけながら例の鏡の中でイーグルが妖しげに泳いでいるだろうと思った瞬間、リールがいきなり逆転し悲鳴を上げた。まずい。こういった強烈な当たりはフッキングが悪いはずだ。サーモンは流心に走り一旦止った。ロッドを岸側に倒し、バットを思い切り曲げてフッキングに入った。サーモンは狂ったようにすり鉢の中へ走る。

  「Fish!」対岸のフライマンに叫んだ。彼は驚いてすぐにスペイキャストのラインをしまってくれた。すると今度はすり鉢より上流、彼の足元近くでジャンプした。フライラインの先とジャンプの方向が全然違う。あわててラインを巻き、ロッドにテンションをかける。するとサーモンは一気に下流に走りまたジャンプ! ほぼ橋の下でファイトをしているから、まさか下流の激流に下ってしまうことはないだろう。しかし下流に走られるとやはり冷や冷やする。

  ロッドを寝かせ、まっすぐ上流に引いてラインを巻き取る。サーモンはまたすり鉢の中で止まる。対岸の彼はしきりにロッドを立てろと合図している。フッキングが悪そうだからロッドをあまり立てたくないが、いつまでもこうしているわけにも行かない。よし勝負だ。ロッドを立て、背中を反らせながらポンピングをはじめる。1712Hが今迄で一番曲がる。鏡の中までサーモンを引き寄せると、重くゆっくり底に行こうとする。普段はここで一旦こう着状態になるが、ロッドのパワーと柔軟性を信じ、底に行こうとする動きを止めるようにプレッシャーをかけてみた。どれほどの時間だったのだろうか。長い時間に感じたが30秒ほどだったかもしれない。大きく曲がったロッドの先からグラッという感覚が来た。サーモンが疲れたのだ。それからは簡単にリールが巻けるようになった。いよいよ岸に寄ってきた。しかし手前には先ほどリーダーが絡みついた意地の悪そうな石が見える。不味いかな、と思うと同時に「ガツン」という衝撃。

 「外れたか!」その瞬間はとんでもなく情けない顔をしたに違いない。「ああ駄目だったか。」と思った。が、まだロッドに重みが残っている。「外れてない!取れるぞ!」。

 とうとう来た。ブリッジプールの岸際に自分のフライを銜えたサーモンが来た。サーモンの背中が水面を割り大きな尾が見えた。鷲掴みで尾の付け根を持ち、そのまま水中から抜き上げた。石の斜面を登り、草の上にサーモンを横たえる。この瞬間を何度思い描いたことか。やっと、やっとブリッジプールでサーモンを釣ったのだ。しかも雄だ。そして太い。フレッシュではないが完璧な魚体だ。しげしげと魚を眺め、感慨にふける。夜のティルセットから7時間、とうとう釣れた。こんなに粘って魚を釣ったのは初めてだ。日本の川だったらとっくにあきらめて違うプールに行っているだろう。ビートのタイムリミットは朝の6時まで。だからこそ時間一杯釣ろうとして釣れたのだ。






サーモンの鼻曲がりにフッキングするなんて。
もうフックは抜いてあるが、跡はお分かりいただけると思う。
(AF Nikkor 35mm F2D)



3年越しの記念撮影

 フリーフックのため、リーダーの中ほどに移動しているイエローのスクイッドフライがとてもいとおしく見える。その先にあるフックを見つけた瞬間、唖然とした。なんとトレブルフックの一本が、サーモンの上顎、それも鼻曲がり部分の裏側に突き刺さっている。さっきの瞬間フックが一旦外れ、運良く上に刺さったのかどうかわからないが、トレブルフックでなかったら、このサーモンが雄でなかったら、今年もブリッジプールにふられていたのだろう。なんという幸運。なんという偶然。天に感謝したくなる。

 背景にログネスの橋を入れ、サーモンを持って立つ。この3年間、一番撮りたかった写真はこれだったのかもしれない。
(AF Nikkor 50mm F1.4D)

 クラブハウスで計ると98cm、9.2kg。目標の1m、10kgには届かなかったが、このサーモンはいつまでも深く思い出に残るだろう。満ち足りた気分でエントリーシートに記入する。初めてBridge Poolと書く。フライのネームを書く欄でペンが止まる。どうしよう。アニメのキャラクター名をそのまま書くのは気が引ける。そのキャラクターは雷のように電気を出すネズミだから「Thunder Mouse」と書いておいた。




レナのおまけ

 一週間の終わり、最後のビートはB。レナとラングワである。状況はますます悪くなっていた。朝の4時、明るくなったレナでイエローマスタード#10、グリーンワスプ#8を投げるが、全く何の反応もない。気分を変えようと上流のラングワに行くが、減水が著しいため五回も投げると釣るところがなくなってしまう。もう止めようか。釣れそうもない。これで終わりかと思い、車の屋根にロッドをくくりつけると下流に見えるレナの流れ込みが未練を誘う。「あと一流しだけレナを釣ってみよう。ひどい減水だが、最後だからブリッジプールで思い出を作ってくれたタイプIIと例のフライを流してみよう。」

 レナプールの流れ込み上流に立ち、あの時と同じようにややスクエアにフライを投げる。ロッドを振ってアクションを与える。すると3投目、リールが程よいスピードで逆転した。ロッドを岸に向けて慎重にフッキング。サーモンがジャンプする。あまり大きくない。多分グリルスだろう。フッキングは良さそうだからポンピングして一気に寄せる。岸近くで暴れるのをいなし、ランディング。

  これほどスムーズにファイト、ランディングをしたことはない。フックが上顎と下顎の間に深く突き刺さっている。フッキングも完璧だ。レナがおまけをくれた。グリルスではなく、小さいメスのサーモンで、78cm、3.6kgだった。しかしこのサーモンは特に黒い。おまけにヤツメウナギが付いていたのか、右側の胴体がえぐれたようにへこんでいる。今年はフレッシュフィッシュがなかなか釣れない年だ。いや去年もシーライス付きは釣れなかったなあ。


すっかり黒くなってしまっているサーモン。3.6kg、78cm。
( AF Nikkor 50mm F1.4D)



サーモン旅情

 日曜日の夜。新しいローテーションが始まる。7時30分からビートの説明があるのでホテルのロビーは賑やかだ。それが治まった8時過ぎ、夕食を取りにレストランへ行くと沢田さん夫妻が待っていてくれた。

 「今回は良く頑張ったじゃない。」とマリアンが言ってくれた。

 「運が良かっただけです。でも…。」と問いかけをしようとした時、彼女はそれを察して口に出せなかった質問の答えを言ってくれた。

 「ちゃんとサーモンフィッシャーマンになったわよ。」

 「じゃあ、やっと小学校に入学したということで・・。」と嬉しく答えると、沢田さんが窓の外を見ながらつぶやいた。

 「こんなに釣りをしたこと、今までなかったでしょう。平野さんもこの諸行無常の釣りをやっていくのか…。」

 手に持ったシャンパングラスの中から無数の泡が上っていく。それを飲み干し、ボトルから注ぐとまた新しい泡が無数に湧き上がる。それはいつまでも限りなく。まるで繰り返し出来ては消えるフィッシャーマンの夢のように・・・。

-- つづく --



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