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スティールヘッド編  --第136話--

歓迎

これまでと同じように、下流の対岸に向けて伸ばしたラインがゆっくりとスウィングを始めた時、突然リールが逆転し、5m程のラインが出て行った。リールの逆転音が収まるのを待って、私はゆっくりとロッドを持ち上げた。ラインを張ると同時に大きな振動が伝わってきた。間違いなくスティールヘッドだ。
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幸先良く一匹目がやって来た。

私は水に浸かっていた場所から、ほんの2,3m歩いて岸に上がると、ロッドが大きく曲がるまでラインを巻きとった。下流の水面に突き刺さったフラットビームが揺れている。その動きが大きくなった時、魚は走った。
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魚の状態を確かめながら、慎重に引き寄せる。

さすがにトンプソン・スティールヘッドだ。50mほどの距離を一気に走り、止まったと思う間もなく再び50mほど走った。ラインが向いている先は、曖昧ではあるが渕尻と思しき辺りだ。これ以上走られると、そこから先は河原が荒れてくるので、魚に付いて下ることが難しくなる。これまで何度となく遭遇してきた、きわどい状況だ。しかしスティールヘッド相手の釣りはこうなってからが勝負だ。
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ランディングに都合よい場所へ誘導する。

私はロッドを高くかざし、下流に長く伸びたラインに掛る水圧を減らしながら、静かにラインを巻き取り始めた。魚の息遣いが少しでも荒くなったらラインを緩め、大人しくなったら直ぐに巻き始める。キャンベル・リバーで学んだこの方法のお陰で、魚は少しずつ近寄ってきた。
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フッキングの状態も問題ない。

伸びているラインが短くなると、それに掛る水圧も減るので、魚の息遣いは更に敏感に伝わってきた。出て行ったラインのせいですっかり細くなったリールの芯も、見慣れた太さに戻ってきた。遂にフライラインの後端が水面から顔を出した時、魚は大きく動いて再び流芯に走った。しかし私が回転するスプールを、手の平で軽く包んでブレーキを掛けたせいか、30mほど走っただけで止まった。その後、魚は急に大人しくなり、数回に渡って短く走ったが、やがて虹色の帯が見えるところまでやってきた。
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テールを掴んで確保。

ファイトした後に、足元まで寄ってきたスティールヘッドは、それまでのファイトが信じられないくらい大人しいものだ。私は少しばかり水に浸かって久しぶりにスティールヘッドを抱き上げた。大きさは15ポンドほどだろうか。季節柄、鮮明な虹色のせいで、周囲が明るくなったような気がした。
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最初の魚は何時になっても嬉しい。

幸先良くスティールヘッドを釣り上げた後、私は未だフライを流していない地域を引き続き釣り下った。渕尻と思しき地点まで規則正しくフライを投げ続けたが、何も起こらなかった。魚が少ないのだから何も起こらないのが普通で、もし有ったらそのほうが余程おかしい。この年の状況から、我々は同じ流れをもう一度釣ることをせず、他の場所に移動するため急斜面を休み休み登った。

初日だからということでなく、先ずは目ぼしいポイントを全て回るつもりでいたため、我々は左岸の山道をそのまま進み、マーテル・アイランドに向かった。この中州に渡るには手前の細流を渡らなければならない。4年前に初めて来た時、流されないよう慎重に歩いた瀬は、減水のせいで簡単に越すことができた。中洲の本流側は相変わらず魅力的な佇まいを見せていたが、数時間投げ続けても反応は皆無だった。

晩秋の日は短い。我々は下流に戻り、マーテル・アイランドの少し下流に広がる瀬を釣って、初日の釣りを終える予定でいたが、そこの降り口に車が停まっていた。先ほど通過した時は無かったから、夕刻の釣りに誰かが入ったのだろう。我々は仕方なくスペンセス・ブリッジの直ぐ下流、ホテル・ランと呼ばれる瀬で初日の釣りを終えることになった。


-- つづく --
2015年11月01日  沢田 賢一郎