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スティールヘッド編  --第139話--

3日目

我々は朝からYの瀬に入った。岸から緩い傾斜がどこまでも続いていて、流れはゆるく、一見、何の不足もなかった。釣り始めて30分ほど経過し、岸沿いの流れが更に緩くなってきた。流したフライが岸近くに寄った時、待望の当たりがあった。こんなに岸近くに魚が居たなんて。少し驚きながら持ち上げたロッドから伝わってくる動きが可怪しい。何だろう、スティールヘッドにしては軽すぎる。
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遥か沖合でフライが押さえ込まれた。ラインを緩めないよう気を付けながら岸に向かう。

そのまま足元まで寄ってきたのはピンク・サーモンだった。キャンベルリバーで嫌というほど釣れてしまったピンクが、ここにも居たのだ。初めて来た時はその姿も見えなかったので、この時期には居ないと思っていたのだが、彼らにとって Y の瀬は快適だったのだろう。その後、何匹ものピンクに襲われる事になってしまった。肝心のスティールヘッドは姿を現さずじまい。ピンクの群れが居るから厭なのかと思ったが、かなり沖まで砂底なのが居着かない理由のような気がした。
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遥か沖合でフライが押さえ込まれた。ラインを緩めないよう気を付けながら岸に向かう。

午後から2回めのジョーンズ・ロックに入った。やはりこの瀬は特別なように見えた。 Yの瀬よりも流れが速かったが、川底には砂が無く、全て程よい大きさの石によって埋め尽くされていた。午後の早い時間だから、もしこの瀬にスティールヘッドが居るとしても、岸寄りの浅瀬には出てこないだろう。そう思って私は5年前に来た時と同じタイプ2のシンキングラインを選んだ。このラインなら幾らも沈まないし、遠投が容易にできる。
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下った魚をいなしながら、徐々に距離を詰める。

例によってブルースは私の下流、凡そ50m程の所に入って釣り始めた。私はこの瀬で、誰も釣りをしない地点を釣ることを考えていたので、ランニング・ラインのフラットビームを35ポンドにし、17フィート・ロッドの限界まで遠投した。フライは遥か彼方に着水し、長い時間を掛けて流れを横切っている。誰も釣っていない地域だから、魚さえ居ればきっとやって来るはず。
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下った魚をいなしながら、徐々に距離を詰める。

それはあっけなくやって来た。未だ釣り初めて10分程しか経って居ないというのに、17フィートの竿先にドスンという衝撃が伝わってきた。ロッドを起こすのと同時に遥か彼方の水中から、大きな魚が身体を揺する振動が伝わってきた。距離は凡そ40mほど。数メートルのラインを巻きとった所で、伝わって来る振動は、その先に居る魚の息遣いに変わった。頭をゆっくりと大きく揺すっている。間違いなくスティールヘッドだ。私は直後に起こる事態に備え、滑りやすい川底を岸に向かって慎重に移動した。間もなく岸に上がるというところで、スティールヘッドは下流に走った。もっと遠くまで走ると思ったが、予想に反して凡そ50mほどで止まり、川底に張り付いたように動かなくなった。
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下った魚をいなしながら、徐々に距離を詰める。

私は5年前と同じように岸に上がると、下流に居るブルースに大声で知らせた。ブルースもまた5年前と同じように慌ててやって来た。スティールヘッドは激しいファイトをしない代わりに、長い時間にわたって岸近くに来ることを拒否し続けた。しかし10分ほど経った時、急に大人しくなって足元に寄ってきた。サイズは凡そ20ポンド程か、頭の丸い、トンプソン独特のスタイルをした魚だった。
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下った魚をいなしながら、徐々に距離を詰める。

結論を出すにはまだ早いことは判っていた。それでも私は間もなく結論が出ることを確信した。フライはたった今、岸から40m以上離れた所を泳いでいた。スプーンを投げて釣っている人を除けば、この川で、このジョーンズ・ロックで今しがたスティールヘッドがやって来た場所を釣っていた人は居ない。この場所に限らず、これまで出会った釣り人は、皆、示し合わせたように岸から20mほどの所を釣っていた。
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下った魚をいなしながら、徐々に距離を詰める。

急深のポイントならそれで良いが、遠浅のポイントはそれでは済まないだろう。しかし、出会った釣り人の全てが、急深か遠浅かに関係なく、岸の近くばかりを釣っていたのだ。私がいま釣り上げた魚は岸から凡そ45mの所に定位していたのだが、そこはこれまで禁猟区と同じだったのだ。
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頃合いを見計らって岸に引き寄せる。

釣り上げた魚の余韻に浸っていた時、対岸に居たエサ釣りの釣り人の一人が急に駈け出して水際から離れるのが見えた。もしやと思ったが、見た通り魚を掛けたのだ。遠目にも必死でロッドを支えて居るのが判った。ところが暫くすると、斜面の上を下流に向かって走りだした。どこまで走るのだろうと見ている間に、100m近く走り、遂に崖の端に到達して走れなくなった。そこで数秒の間必死に堪えていたが、やがてロッドを抱えてゆっくり元の位置に戻り始めた。
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テールを抑え、魚を確保。サイズは凡そ20ポンド。

対岸は支流のニカラが流れ込んで、ニカラ・フラットと呼ばれている釣り場だ。エサ釣りの人気ポイントと見え、いつでも大勢の釣り人が、まるで多摩川の鯉釣りのように置き竿を見張っていた。私はたった今見たのと同じ光景を1周間で3回目撃した。ニカラ・フラットはよく釣れる場所なのだろうが、そこでランディングに成功した光景を見ることは無かった。
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テールを抑え、魚を確保。サイズは凡そ20ポンド。

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トンプソン・スティールヘッドらしい見事なプロポーションに感動。


-- つづく --
2015年12月13日  沢田 賢一郎