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スティールヘッド編  --第141話--

5日目

朝早くスペンセス・ブリッジを渡り、初日に釣ったポイントの更に上流、間もなくマーテル・アイランドに到達する辺りに向かった。そこはブルースも未だ釣りをしたことのないポイントで、道路から見えない崖の下だった。車を降り、例によって急な斜面を谷底に向かって降りた。川岸は崖下にも拘わらず平坦で、岸辺に大きな倒木が2本あり、その少し先の水面が大きく乱れていることから、その付近に複数の大岩が沈んでいるのが見て取れた。周辺の流れそのものは単調だから、その沈んだ岩の付近が好ポイントとなっているのだろう。

我々は交互にその付近にフライを流したが、何の反応も無かった。せっかく谷底まで降りたのだからと、フライを投げる範囲を上下に広げて再度試みたが、何事も起こらなかった。やはり流れが単調過ぎるのだろうか。それならもう一度ジョーンズ・ロックか Y の瀬に行こうと下流に移動したが、生憎、両方のポイントとも複数の釣り人が入っていた。仕方なく Y の瀬の対岸にあるグリーズホールと呼ばれるプールに向かった。この淵は急深のため、波が起こらず水面が大人しい。まるで油を撒いたように見えることからその名がついた。このプールは前回来た時にも一度釣ったことがあったが、巡り合わせが悪いのか、何の気配もないまま終わってしまった。

昼食を摂るためいつものレストランに向かうと、キャンベル・リバーで何回も世話になったガイド達と出くわした。我々はトンプソンで釣った後、2、3日キャンベルリバーに移る予定だった。ところが彼らの話によると、キャンベル・リバーはこのところ全く不調で、魚の気配もない。自分たちがトンプソンに来たくらいだから、キャンベルリバーに行かず、ここで釣り続けた方が良い、と言った話をしてくれた。

地元が駄目だからトンプソンまで出かけてきた、と言う彼らの言葉には信憑性があった。それならキャンベル・リバーのことは忘れ、あと3日半、トンプソンを釣ろう。結論が出ればすっきりしたものだ。我々は早速その日の午後に向かうポイントの相談を始めた。

このところ釣り人の数が増えているようだ。釣りたいポイントに向かっても、他の釣り人が多く、場所を変えざるを得ない事が多くなった。日本と同じように、釣れたという情報が伝わると、そこに人が集中するようになったのか。私はこれまでの実績から、大きな底石のある遠浅の瀬を釣りたかった。マーテル・アイランドの瀬やジョーンズ・ロックのような場所だ。一方、ブルースは相変わらず情報収集に熱心で、レストランに行く度に、顔見知りのテーブルを回っては新しい情報を懸命に仕入れていた。
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マークした地点で予想通りの当たり。

いつもよりゆっくりと昼食を摂った後、我々は午前中に入れなかったY の瀬とジョーンズ・ロックに向かった。
最初に向かった Y の瀬には数人のフライフィッシャーが入っていた。皆、示し合わせたように岸の近くを狙っていた。丁度ピンクサーモンが定位している辺りだ。暫く見ていたが、動く気配が無いため、上流のジョーンズ・ロックに向かった。幸いそこには誰もいなかった。
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強い魚だったが、水位が落ちたことが釣り人有利に働く。

魚のいる可能性はYの瀬よりもジョーンズ・ロックの方が圧倒的に高いと思えたが、釣り人の数を見る限り、何故かYの瀬の方が人気があるようだ。川底が平坦で歩きやすいからか、それともピンクの群れが定位しているからだろうか。
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魚が完全に弱るまで、浅場に寄せないよう気をつける。

ジョーンズ・ロックで私はいつもの様に最上流部に入った。何回も釣っているため、川に入る地点も釣り歩くコースもすっかり頭に入っているが、その日はいつもより1mばかり流芯側を歩く事になった。無理にそうした訳でなく、水位が落ちてきたせいで歩くコースが変わってきたのだ。その日は何事も無く時間が過ぎていった。
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スタミナを使い果たしたスティールヘッド。

ジョーンズ・ロックの核心部が終了することを告げる水面の乱れが目の前に広がっている。あと1投したら終わりにしよう。そのラインが乱れた水面に向かって伸び、ゆっくりと流れを横切り始めた時、まるで根がかりしたようにドスンと押さえ込まれた。持ち上げたロッドの先に魚の息遣いが伝わっている。また来た。ここには一体どれほどのスティールヘッドが潜んでいるのだろう。
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水に入って魚を引き寄せる。

魚は流芯に走り、2回連続で派手なジャンプをすると、今度は下流に下った。凡そ80mくらいの距離だ。数日前なら早瀬となって流れていた辺りだが、減水したせいで随分と大人しい流れになっている。私はいつもの様に下流から駆けつけたブルースの、「一刻も早く下流に下れ」と言う指示を聞いていたが、その場を動かずに伸びたラインをゆっくり巻き取り始めた。
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フッキングも万全。

スティールヘッドは初めのうち抵抗したが、やがて大人しく近づいてきた。まるで自分の意志で流れを上っているようだった。そしてフライラインの後端が水面から顔を出した時、これ以上の接岸を拒否するように走った。それは力強い走りではあったが、50mほどで終わった。
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20ポンド・オーバー。怖いくらい読みが当たる。

スティールヘッドはその後も同じように接岸を拒否するように走ったが、走る度にその距離が短くなり、遂に目の前にその姿を現した。均整のとれた美しいスタイルの魚だった。大きさは20ポンドを少し超えるくらいに見えた。
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20ポンド・オーバー。怖いくらい読みが当たる。


-- つづく --
2016年01月09日  沢田 賢一郎