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洪水と日照り  --第1話--
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ガウラフォッセンと呼ばれる瀑流帯。ここまで増水すると鮭は越えることができず、下のプールで待機する。

1997年

ノルウェーのガウラに通いはじめて4年目となる1997年は、我々にとって大変希望に満ちた年だった。6月のシーズンまで未だ何ヶ月も有るというのに、年明けからうきうきしていた。その理由は何と言っても、前の年の暮れに1通の知らせを受け取ったことだった。その知らせには、我々がガウルフォスの予約に成功したことが記されていたのである。

それまでの2年間、我々がシーズン初期の鮭の居ない川で悪戦苦闘しているというのに、フォスでは毎日魚が釣れていた。我々が手ぶらでホテルに帰ると、ミスター・ノーフィッシュのご帰還だと言われる始末だったから、フォスより上流に魚が上がっていないときに、下流で釣りができる場所がどうしても欲しかった。

1996年は安全のために数カ所予約しておいたが、何処も釣りにならなかった。結局、安全であるだけでなく、最高の釣り場であるフォスそのものを予約することしかなかった。しかし予約することは、そこで魚を釣るより難しいと言われるフォスのことである。何時になるか判らないと聞かされていただけに、本当にうれしい知らせだった。
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山は未だ冬景色。六月の二週目としては異例の積雪量だった。

ガウルフォッセン

フォスはこれまで何回も記したように、ガウルフォッセンと呼ばれる瀑流体の下に広がる広大なプールである。冷たい水が大量に流れると、サーモンはその瀑流帯を越えることができず、下のプールで水が減るまで待機する。魚は下流から上がって来るが、プールより上流へは上れない。つまり魚は貯まる一方。釣りをするには、正に理想的な状況が出現することになる。

フォスはすり鉢のようなプールだから、岸からフライを投げられる場所は僅かしかない。殆どがボートの上からフライを流す釣りになる。川に立ち込んでフライを投げて釣ることから見れば、スポーツらしさに欠けることは確かだが、私はそこで釣りをすることによって、通常では理解するのに膨大な時間を要することを、非常に短時間に行うことができることを期待していた。勿論、他の場所では殆ど釣りができない、しかも大型魚が遡上する季節に釣りができることも大きな魅力だった。
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普段はヤマメ釣りに丁度良いサイズのソクネダル。今は河原が見えない。

6月7日、我々は希望に胸を膨らませて日本を発った。旅は何事もなく順調で、定刻通りトロンハイムに着いた。今年は寒いと言われていたが、夜遅く飛行場を出ても、寒さを感じることはなかった。

走り始めて間もなくニデルバという川を渡る。橋から見るそこの景色で、ガウラの水量も大凡の見当が付く。その日、ニデルバは満々と水を湛えて流れていた。我々はそれを見て安心した。川が平水で、水温が鮭の遡上に適していると、ガウラに上がったサーモンは漠流体をあっさり越えて上流へ行ってしまう。それはそれで結構なことなのだが、そうなればフォスを予約する意味がない。冷たい水が大量に流れ、ガウルフォッセンが魚止めになってしまうときが最高だから、今まで恨めしかった増水は今年に限って大歓迎だ。
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夏は乾いてしまう山肌に、水が溢れていた。

白い泡

やがて道路際にガウラが見えてきた。同じように水位が高く、河原は全て水没していた。この水位ならフォスが魚止めになっているに違いない。我々は明日からフォスで釣りができることを本当に喜んだ。
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ガウラ最大の支流ブア。ガウラ本流ほどの水量が谷を埋め尽くしている。

ストーレンの町に入る少し前に、道路はフォスの脇を通過する。時刻は夜の12時に近かったが、我々は様子を見に川に向かって車を進めた。駐車場に車を止めて谷底を覗くと、大量の泡を含んだ水が谷一杯に溢れていて、水面が明るくなるほどだった。我々は少しばかり不安になったが、釣果は如何ばかりかと水際に向かった。川に釣り人が見えない時でも、ここフォスだけは24時間休むことなく釣りをするのが常だったから、水際まで行けば様子が判る。

川岸に設けられたハットの前に来てみると、ボートもないし誰も居なかった。何時もゆったりしているプールに凄い勢いで水が流れ、ボートを繋いでいる辺りはすっかり水没していた。何が起こったのか、あれこれ詮索しても始まらない。ホテルへ行けば何か判るだろう。我々は不安に駆られながらホテルへの道を急いだ。

ホテルへ着いてみると、真夜中だというのにヨナスを初め数人のギリーが我々を待っていた。皆、緊張して顔が強ばっている。ヨナスが事情を説明してくれた。
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(左)ハイウォーターのブリッジプール。六月の増水時はこれが標準。(右)プールは消え、巨大な水路と化した。水量は何倍か、見当もつかない。

今年は5月の中旬からかなりの増水が続いていた。6月の解禁日には辛うじて釣りができたが、水位は落ちず釣果も芳しくなかった。6月の6日、それまで寒かった気候が一転して、とても暑くなった。すると川の水位がみるみる上昇し、今日はボートを出すこともできなくなった。明日も無理だと思うので、こうして我々が着くのを待っていたと言うことだった。

私は全く予期していなかった出来事にしばし言葉を失ったが、何と言ってもフォスのことだ。川中が不可能でも、ここだけは釣りができることを知っていたから、それほど気落ちしなかった。
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(左)同じく前年に撮影した増水時のログネス・ブリッジ。(右)水が多すぎて、とても同じ場所で撮影したとは思えない。

私はヨナスに尋ねた。「明後日には釣りができるかな」

しかし彼の口から出てきた言葉は、「週末にできるかも知れない。但し、夜が冷え込んで、雨が降らないことが条件だ」

我々にとって、正に晴天の霹靂とも言うべき事態だ。ヨナスの観測は我々の想像の域を越えている。しかし夜中に着いたばかりで、これ以上のことが判る術もない。我々はまるで狐に摘まれたような気分だった。
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災害の一歩手前まで膨らんだガウラ本流。

残雪と新緑

フォスができないと言うことは、川中何処も釣りができないことを意味する。我々はいつもの年のように朝早く起きる必要がなくなったが、川がどんな状態なのか、ヨナスの言う異常がどれほどのものなのか知りたくて、朝早く目を覚ましてしまった。

外に出ると暖かくて心地良かった。青い空に真っ白な雲、周囲は新緑に覆われ、穏やかな陽射しに満たされていた。大雨どころか1週間以上一滴の雨も降っていない。それなのに洪水とはどういうことだ。2年前の1995年も我々が着いたときは洪水だった。その前年に楽しい思いをしたティルセットが消滅するほどの水が流れた。それでもフォスは釣りができた。夜中に見たとき確かに増水していたが、1995年よりも凄かったのだろうか。
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小さな沢の流れているところに巨大な滝が幾つも現れた。

様々な想いを巡らしながら、我々は川を見に行った。支流のソクナを見たとき思わず声を上げた。フロセットの橋から合流点を見渡したとき、それは悲鳴に変わった。初めて見る異様な光景だった。水位は想像を遙かに上回っていた。大雨で増水したガウラを何度も見たが、そんなものではなかった。更に異様だったのは、雨で濁流になった時の数倍水があると言うのに、僅かに透明度があることだった。雨は降っていないのだから、本当に山の上の雪と氷が解けて流れているだけなのだ。

我々は上流に向かって暫く川沿いに走った。川が見える所に差し掛かる度に悲鳴を上げた。ブリッジプールまで来たとき、もう驚きではなく恐怖を覚えた。ブリッジプールはもうプールではなかった。上流から下流まで、見渡す限り一本の巨大な水路と化していた。河原どころでなく、ブリッジプールの斜面が全て水没していた。

-- つづく --
2002年12月01日  沢田 賢一郎