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スモールフライで釣るビッグトラウト  --第4話--

作戦

初日が終わった。フッキングした魚は2匹。その両方ともランディングできなかった。不運な部分もあったが、もう二度と同じ目にあいたくない。ファイトの仕方を工夫しよう。そしてフックの強度を増すために、何とか4番のフライで釣ってみよう。ひどい渇水だからフライを大きくしたくないが、折角掛かってもフックの強度不足や肉切れを心配して思い切りファイトできないのは困る。
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湖のように静まりかえったパイク・プール。
どうすれば軽いフライを沈めて上手に泳がすことができるだろうか。

明るい材料もあった。ウルフスパーが言うには、悪条件のためこの一週間で釣れたりフッキングしたのは今日だけだそうだ。それほどの悪条件で2匹がフッキングしたのだから、釣り方は間違っていないようだ。

私は初日の結果をもう一度想い出していた。暑さとひどい渇水によって水温は20度を超えていた。魚は充分過ぎるほど居る。但し誰も釣れないところを見ると、食欲は夜になっても希薄なようだ。夜になれば釣れると言う状況で無いなら、何とか撮影のできる昼間に釣ることを考えよう。
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ホーム・プールの左岸。ここに立つと目の前で魚が跳ねる。

こんな状況では小さなフライを表層に流すのが常識と言うものだろう。そうした釣り方をしている人も居たが、多くのアングラーはフライを深く沈め、ラインを小刻みに素早く手繰って魚を誘っていた。これがこの川の一般的な方法らしい。しかし深く沈めるために、沈みの速いラインを使っているものだから、根掛かりが多発して、何時も何処かでラインを引っ張っている人がいた。

確かにこの条件では深い場所にしか魚が居ない。しかし水量が少ないため深い場所は流れが緩い。緩すぎてフライがうまく流れない。どうしてもラインを手繰ってフライを泳がせる必要がある。だからといって速く手繰れば、活性の低い魚は食いつかない。ゆっくり手繰ればラインがどんどん沈み、フライが根掛かりしてしまう。ここはゆっくり手繰っても根掛かりしないラインを使うしかない。しかしゆっくり沈むラインで深く沈めるには時間が掛かる。時間が掛かればポイントを通過してしまうか、或いは沈んだラインが下流側に膨らんで、フライの泳ぐコースが悪くなってしまう。
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パイク・プールの右岸に広がるオールドマンズ・プレース。
流れが緩すぎてフライがうまく泳がない。

何処かにこの八方塞がりを解決できる流れが無いものだろうか。

私は全てのプールを想い出してみた。可能性の最も高い場所が一つだけあった。ホームプールの流れ込みだ。あそこなら長い時間かけてラインを沈めることができそうだ。

使用するフライも決まった。エムに来る前、ノルウェーでマンフレッド・ラグースから川の様子を聞いていた。彼が言うには、エムのプールは流れが遅い。フライがゆっくり流れるから、魚にじっくりと見られても平気なフライが必要とのことだった。
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この日のために用意した新しいフライ。
左からエム・シュリンプ、グリーン・フォックス、ボブキャット、バルティック・タイガー。
SL2のシングル・ローウォーター・フックに巻いて置いた。
パターンリストは「ウェットフライ探求」の巻末を参照のこと。

私はその助言に従って4種類の新しいフライを用意してきた。エム・シュリンプ、グリーン・フォックス、ボブキャット、それとバルティック・タイガーである。皆、ヘロン・ハックルやスクィレル・ヘアーを用いてある。水の抵抗が僅かしかなくても、ウィングやハックルがそよぐようにするのが目的だった。

エムの規則に従いシングル・ローウォーター・フックにこれをドレッシングして置いたので、動きだけでなく、水中をゆっくり沈む性格も際立った。試しに全てのフライを初日に結んでみたが、水が動かないひどい渇水の中で、どれも魅力的な動きをしていた。明日以降も、この4種類のフライで釣ることにしよう。
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パイク・プールの流れ出し。生い茂った藻が魚に安全な場所を提供している。

9月3日

エムに着いて二日目の朝が明けた。相変わらず太陽が燦々と照りつけているが、前日と打って変わって風のない穏やかな天気だ。エムに着いてみると、昨日と同じようにホームプールで数人のアングラーが竿を振っていた。我々を含めて15人のアングラーがこの狭い区間に集中するから、空いた順にプールを回るしかない。我々は散歩がてらに川を下った。

海はとても穏やかだったが、釣り人の姿はたった一人しか見えなかった。海は日陰がないから、晴れた日中は見込みないのだろうか。それでも川の流れが波間に消える辺りで、その日は幾つものライズを発見した。ラインを少し伸ばせば届く距離だ。私は足下に気を付けながら波に向かって入って行った。昔、スズキ釣りをした時を想い出す。ここは未だ海の中だから、食性が少し違うかも知れない。そんなことを考えながらフライをあれこれ試してみたが、何の反応もない。ライズは付近一帯で起きているから、魚は何回か私のフライを見ているはずだ。

30分ほど釣ってみたが一向に変わる気配が無いので、我々は上流に向かうことにした。
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風もなく、静まりかえったシー・プール。

アイランドプール

ローソンプールからパイクプールまでの間に全員が散らばっていたので、我々は更に上に向かった。パイク・プールの上のアイランド・プールには誰も居なかった。私は伸ばしたウェーディング・スタッフを握りしめ、まるで地雷原を歩く兵士のように川に入った。このプールにも砂利が無い。土と岩と藻が川底を覆っている。一歩入っただけで、起伏の大きさが想像以上だと言うことが判った。暗くなってから川を自由に歩けるようになるまで、10年以上掛かる。そう言われているのも頷ける。

ここまで起伏に富んでいれば、魚にとって隠れ家が無数にあることになる。ポケットのような窪みに入られたら、フライフィッシングとしては手の施しようがない。魚が水面に浮上する時間に釣るしかないだろう。
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波間にライズが起こるが、フライに全く反応せず。

私は水際から2mばかり入った所でラインを伸ばし、直ぐ下流側に広がる細長いプールを釣り始めた。川幅は30m程だから、岸沿いに生えている木の枝を逃れてロッドを振るスペースさえ確保できれば、隅々までフライを流すことができる。

私が立っている場所の対岸は中州になっていた。アイランドプールの名前はそこに由来している。その中州の際に二つの大きな岩が、上下に2mほど間を開けて並んでいる。普通の川には見られない不自然な配置だ。石がない川だから、流れ具合も浸食のされ方も変わっている。

大して大きくないプールだったから、丁寧にフライを流しても20分ほどで終わってしまった。太陽は更に明るさを増し、黒い川底から伸びている藻がひときわ鮮やかな緑の光を周囲に放っていた。
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アイランド・プールの上流。岩が幾つも水面から顔を出し、その隙間に魚が潜む。

私が伸ばしたラインを巻き戻しに掛かったその時、直ぐ脇で大きな水の音がした。驚いて振り向くと、中州の際の岩の間に大きな波紋ができていた。私は思わず周囲を見渡した。鳥も獣も見えないし、誰かの悪戯でもない。僅か10m余りの距離にある岩と岩の窪みに魚が居たのだ。
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7kg程のシートラウト。これ以上の大物が跳ねるのを数回目撃した。

岩は私から見ると僅かに上流側に位置していた。このままでは釣りようがない。私は静かに岸に戻り、様子を見るため上流に移動した。岩を斜め下流に見下ろせる位置まで上がると、川底は岸から一歩も入れないほど深く掘れていた。しかし水に入らないと、ロッドを振るスペースは皆無だ。私は仕方なく岩が正面に見える所まで下がった。そこは木の枝が開いているので、何とかラインを伸ばすことができる。その場所を除けば、今まで川に入っていた所しかない。

私は無理を承知でフライを投げてみた。上の岩の下流側すれすれに落としてみたが、フライは瞬く間に魚が潜む狭い隙間を飛び出してしまった。何度か投げ方を変えてみたが、結果は同じだった。悔しいけれど釣りようがない。岩にくっきり残った水の跡は水面から30cmも上だ。そこまで水があれば、魚もあんな穴のような場所に潜っていないだろう。ここはその水位にならないと無理かも知れない。もしこの水位で可能性があるとすれば、暗くなってからだろう。それも対岸から中州に渡らなければ無理に違いない。

-- つづく --
2002年05月19日  沢田 賢一郎