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TRAVELLER

野生のモンゴル

沢田賢一郎

岸際3秒間

10月8日。釣りができる最後の1日となった。夜にはウランバートルに戻らなければならないため、釣りは午前中しかできない。しかし朝早くはラインが凍ってしまうから、長い時間釣ることができない。それなら近いところにしよう。私はそれまでレノックしか釣れなかったテント前の瀬を釣ることにした。
モンゴルの荒れ地を馬のように走るロシア製の四輪駆動車。

テント前の瀬に決めた理由がもう一つあった。二日前に着いた時より水位が10cmばかり下がって、瀬の中に入りやすくなっていた。ほんの2、3mのことだが、対岸が近くなればその岸際を釣りやすくなる。

テントを張った川の左岸は緩い傾斜だったが、対岸は流れとほぼ並行に岩盤が続いていた。河原が広がっている左岸と違って、右岸は岸際から深くなっているように見える。そこに泡が浮いていることからして、狭いが流れの緩い帯が有りそうだ。そこはこの付近で唯一、未だフライを投げていない場所だった。
対岸際の泡の中からタイメンが飛び出した。

しかしそこを釣るには速い流れを全て跨いで、凡そ40m先にフライを泳がさなくてはならない。落ちたラインにドラッグが掛かり始めるまで、制限時間は3秒ほどしかないから、ハイスピードでフライを叩き込める道具立てが必要になる。私は17フィートのハードアクションにDSTのタイプ3をセットした。

午前10時頃、私はユリュー川に来てから最も成績の良かったフライ、スティングレーのロングテールを結ぶと、その泡の直ぐ上の瀬に入った。流れが強く、腰まで水に浸かると、身体の下流側に大きな波が立った。
力尽きたタイメンが瀬の中で浮上した。

私は試しに一度、対岸側へフライを投げた。スティングレーは泡の直前に着水し、瞬く間に下流へ押し流された。準備は整った。私はラインを更に3m引き出すと、慎重にフォルスキャストを行い、高いバックキャストから一気に泡の中にフライを叩き込んだ。それと同時にロッドを高く差し上げ、アクションを付けながらラインを張った。

上手くいった。数秒後、正にドラッグが掛かってラインが流される直前、ドスンと言ったショックと共にラインが止まり、直後に下流へ走った。リールが勢い良く逆転を続けている。
オノン川の魚より少し小さかったが、強い魚だった。

逆転音が大人しくなった頃を見計らい、私はリールを抑えると強くラインを張った。大きく曲がったロッドを通じて、魚が頭を振る振動が伝わってきた。この引き方は紛れもなくタイメンだ。瀬の中だから重く感じるが、どれほどのサイズだろう。

その時、水面高くタイメンが舞った。1回、2回と跳ねたときの印象では、それほど大きいとは思わなかったが、引きの強さはこれまでの魚を圧倒していた。長さはおよそ80cm。オノンの魚より幾分太っているように見えた。
タイメンを流れに戻す。来年は1m以上になるだろうか。

この13匹目のタイメンを最後に、今回のモンゴル冒険旅行が終了した。野生の川に立ち、そこに住む野生の魚を釣る。魚釣りを愛する人にとって、野生というものがどれほど素晴らしいものかを再認識した旅だった。

モンゴルは今、近代化への道を歩もうとしている。この桃源郷のような世界がいつまで存在するか、誰にも予測できない。願わくば未来永劫に続いて欲しい。しかしそれが叶わないなら、矛盾することかも知れないが、自然を愛する多くの人に少しでも早く味わって貰いたいと思う。幸運なことに平野氏を初め多くの方々の尽力により、釣り場の保全が始まった。その成果をお知らせできる日が近いことを期待するばかりだ。