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TRAVELLER

野生のモンゴル

沢田賢一郎

タイメン

私はトラウトの口から外したローズマリーを水で濯ぎ、形を整えてからもう一度瀬の中に入った。今しがたアムールトラウトが釣れたときと全く同じコースにフライを流したが、今度は何も無かった。更に2mばかり下ると、流れは急に緩くなっていた。その分だけ川底が掘れているだろう。
ローズマリーのロングテールをくわえた小型のタイメン。

私はそれまでと同じようにフライを岩盤に沿って流した。流れ込みの速い流れを下りきった辺りで、私はリズミカルに手元のラインを手繰り始めた。

数回手繰ったとき、ドンと言ったショックと共にラインが止まってしまった。根掛かりのようだったが、ロッドを起こした途端、ゴンゴンと頭を振る感触が伝わってきた。たった今釣り上げたトラウトとは引き方が違う。重く、静かな引き方だ。
この魚には警戒心が無いように思える。

ファイトの様子からして、それほど大きな魚とは思えなかった。それでも私はその魚の正体が判るまで、慎重にリールを巻いた。その時、必死で潜ろうとファイトしていた魚が急に浮上し、水面で頭を大きく振り始めた。大きな口、オリーブ色の身体。これはタイメンではないだろうか。
下流に出掛けたガイドが戻ってくるのが見えた。「タイメン!」と叫んだ私の声を聞きつけ、彼は水際に走り寄ってきた。そして水面の魚を見るなり「タイメン、タイメン!」と驚きの声をあげた。
原始のブラウントラウトか? 力の強いアムールトラウト。

彼が驚いたのは無理もなかった。今までタイメンがフライで釣れたのを見たことも、聞いたこともなかったからだ。そのせいで、我々が最初タイメンをフライで釣りたいと申し出たとき、無理ではないかと言っていたのだ。

彼がフライを見せてくれと言うので、私はタイメンの口から外したばかりのフライを渡した。彼はグシャグシャになったローズマリーのロングテールを不思議そうな表情で眺めている。私はフライを返して貰うと、形を整えてから水で濯ぎ、泳いでいる姿を見て貰うことにした。
小さいが、タイメンが釣れて先ずは一安心。

ラインが張った瞬間、彼の目の前でローズマリーは身を翻し、水中で舞い始めた。同時に彼の口から『ギャーッ』と大きな叫び声が上がった。言葉は通じないが、彼の身振りから「これは凄い」と叫んでいるのが判った。

流れ込みに戻ってフライを投げ直すと、ほとんど同じ場所で直ぐに似たようなサイズのタイメンが釣れた。放す前にざっとメジャーを当てると、一匹目のタイメンは78cm、2匹目は70cmだった。
平野氏にもグッドサイズのアムールトラウトがやって来た。

ところで最初に釣れた魚は、やはりアムールトラウトであった。驚いたことに、ガイドの話によると、この魚は1m近い大きさまで育つと言う。もしそれが本当なら、これは凄いトラウトだ。1mでなくても、60cmを越えれば第一級のファイターであることは間違いない。

一流し目に3匹の魚を釣ったが、二流し目は当たりも無かった。これ以上粘っても無駄に思えたので、初日はこれで終えることにした。
川が流れるのは谷底、と言った概念が此処にはない。