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TRAVELLER

野生のモンゴル

沢田賢一郎

マウスフライ

この時のために準備した特製フライを使えるときがやって来た。そのフライとはディアヘアーやフォックス、ラビットなどを使って巻き上げたマウスフライだった。出発前に仕入れた情報から、タイメンはネズミやリスを好んで補食することが判っていたので、泳ぎ方や浮き具合の異なるフライを数種類用意しておいたのだ。
赤い尻尾が水面を割って立つのが楽しい。

最初に選んだのはグレイフォックスとレッドフォックスを使ったもので、ミニプラスティックチューブの上にアライグマのような模様のボディを巻き上げ、チンチララビットのゾンカーテープで作ったリスのようなテールを組み合わせていた。フックはテール側にST4の4番をセットした。

私は水際に立つと、35mほど先の水面にそのリスのようなフライを投げた。水面に落ちたリスは想像以上の早さで手前に流れてきた。波がないから判らなかったが、逆流する早さはかなりのものだ。私はラインを手繰ると更に遠くに向けてフライを投げ、着水する直前からラインを手繰った。全長20cmの小さなリスは水面に波を作って泳ぎ始めた。
アライグマのようなマウスフライを捕らえたタイメン。

4、5m手繰った時、リスの背後に小さな波紋が見えた。何かが追っている。その直後、大きな波紋と共に水面から赤い尾ビレが飛び出した。「出たー」私は叫ぶのと同時に思わず笑ってしまった。水面上にまるで赤い花が咲いたようにニョッキリ現れた下半身が、何ともユーモラスだったからだ。

足下に寄ってきた70cmほどのタイメンは、小さなぬいぐるみをくわえたまま、自分が何故こうなっているのか判らん、とでも言いたげな顔をしていた。私は鋭い歯に触れないよう、慎重に針を外し、そのタイメンを流れに戻した。
オレンジボディの大きなリスを飲み込む勢いだ。

さてもう一度投げよう。私はリスフライを洗おうとして驚いた。フライが凍っている。ロッドを振り始めたとき随分寒いと思ったが、まさか昼になっても氷点下とは思わなかった。しかし水温は8度もある。タイメンが水面に浮上するかどうか、心配することは何もないのだ。

2番目のフライとして、私は背中がオレンジのディアヘアー、腹はラビットというマウスフライを取り出した。ラビットが水に馴染み、ディアヘアーが浮力を稼ぐので、このパターンは具合が良かった。私はフライを付け替えると、更に遠くの水面に投げ、同時にラインを手繰った。

少しずつ場所を変えながら、私はマウスフライを水面に泳がせた。更に5投ほどしたとき、水面のマウスが水しぶきと共に弾き飛ばされた。タイメンが食い損なったのか、面白がってじゃれついたのか判らないが、フライを追ってきたことは確かだ。針に触れなかったから、未だその辺りに居るはずだ。

私は急いでフライを点検し、もう一度同じ場所に投げた。ラインを手繰る度にマウスフライが水面に波紋を残して泳いでくる。「出るぞ、出るぞ、出るぞ、、、」

「来たー」

ほとんど同じ場所でまた赤い尻尾が水面から飛び出し、マウスに襲いかかった。私はその様子が何故かとてもユーモラスに思え、また笑ってしまった。

正午を過ぎた頃、同行のキッチン隊(炊事係)から昼食の用意が出来たとの知らせがあった。雪の上で食べる暖かいスープは、何よりのご馳走であった。