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渓流編  --第7話--

念 力

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ポイントの形による特性を知り、その時々の状況を正確に把握すれば、
魚の反応をかなり予測する事ができる。

1970 年代の中頃だったと思うが、念力というものが日本中に流行した時があった。スプーンや鉄の棒を指で擦るだけで曲げる見せ物がテレビで放映されたりした。その科学的に解明されていない現象が流行したとき、私の周囲でもそれを茶化した遊びが流行った。即ち、念力で魚を釣るというものだった。その遊びの舞台となったのは、件の千曲川や野呂川で、おおかた、以下のような順序で行った。

先ずフライを投げる前に適当なポーズをとって精神統一を行う。次にフライを目の前のポイントに投げ、流れ始めたフライを見ながら「まだまだ早い、もう少し我慢」とでも言い、次いで「イワナよ、さあ出て来い」と大声で叫ぶ。その瞬間、本当にイワナが飛び出してきてフライをくわえると言う寸法だ。

フライフィッシングが珍しかった頃であるから、この光景を目の当たりにした釣り人はみな仰天した。念力によって本当に魚の行動をコントロールできるものと信じた人も多かった。でもこれはご承知の通り念力でも何でもない。単に魚の行動を予測し、それが当たっただけなのだ。しかしそれにしては本当に良く当たるものだと、行っている私自身も思ったくらいだから、魚の豊富な川で絶好のポイントを前にしたら、皆さんも遊んでみることをお勧めする。フライの流れ方から、魚の飛び出す瞬間を予測するのにとても役立つ。慣れてくると、予言通りに魚を浮上させ、知らない人を驚かすこともそれほど難しい事ではなくなる。
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流れのままにフライを漂わせる。
ドライフライの釣りにとって唯一、しかも最高の手段。

ドライフライ用リーダー

1985年、私はそれまで念願だったリーダーを手に入れた。スーパーテックと名付けたそのリーダーは、7.5フィートモデルで50cm、9フィートモデルで70cm、12フィートモデルで110cmのティペット部分を持っていた。それほどの長さのティペット部分を継ぎ目なしで持っているテーパーリーダーは、当時、世界中どこにも無かった。それまで無かったのは、単に製造技術の問題であったのだが、実際に完成してみると、想像していたより遙かに素晴らしいものであった。

今日、私はこのリーダーをウェットフライ用に使用しているが、当時は最先端のドライフライ・リーダーであった。このリーダーのデザイン・コンセプトはキャスティング時に於けるフライのコントロールと、落下後のフライに掛かるドラッグを防ぐことだった。この二つの目的は当然相反する関係にある。コントロールが良い事はラインやリーダーの影響をフライが敏感に受ける事を意味するから、ドラッグの掛かりやすいリーダーになってしまう。ドラッグが掛からないリーダーはフライの流れ方に影響を及ぼさないのだから、コントロールも出来ないことになる。
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増水時は流れが複雑になるため、
そのポイントの第一投目をかなり慎重に行う必要がある。

どうすればこれを打開できるかを考えたとき、私はリーダーに、正確なコントロールを可能にする限界の長さのティペットを持たせることにした。それが先ほど列挙した長さである。この作戦は大きな成功を収めた。一見、ナチュラル・ドリフトさせるのが不可能に近い流れでも、よく観察すると、特定の瞬間にフライを落とすか、或いは特定の狭い地点にフライを落とせば、ドラッグを防いで流せるコースが僅かにあるものだ。キャスティングの技術を磨けば、その微妙な地点に正確にフライを摘んで浮かべることができる。するとティペット部分を必要以上に長くしなくても、ドラッグを防げた。つまり、コントロールの方により重点を置いたデザインであった。

しかしより良いデザインに対する欲望には際限がない。スーパーテック・リーダーも、生産されてしまえばそれが当たり前になる。間もなく私はドライフライのために、その上のリーダーを考えなければならない状況に陥った。
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スーパードライリーダーの登場によって、
フライに対する魚の反応は飛躍的に向上した。

スーパードライ・リーダー

コントロールとドラッグフリーの戦いは、スーパーテック・リーダーによって一つの妥協点を見いだした。その妥協点のレベルを大幅にアップするには、どうしたら良いものだろうか。私は先ずリーダーの全長について考えてみた。12フィートのスーパーテックより長いリーダーを作ったらどうなるだろうか。フライは確実にフライラインから離れる。それはラインの影響を少なくするのに役立ちそうである。しかしフライの落下点を正確にコントロールしようとすれば、リーダーのデザインをそれが可能になるように変えなければならない。

バット部分を太く長くすると、その性能が得られるが、今度はリーダーによるドラッグを増発させてしまう。余程平坦で単調な流れでない限り、逆効果となるのは目に見えているし、普通の渓流ならポイントが狭すぎて、長いリーダーを持て余してしまう。だからといって無理にティペット部分だけを長くし過ぎると、フライの落下点をコントロールできないから、渓流の普通サイズのポイントにフライを投げたら、何処に落ちるか判らない。

野生の魚の殆どが、そのポイントの1投目のフライに反応する。一投目に落ちた場所が悪ければ、それで終わりだ。池のようなポイントに居る反応の鈍い魚を相手にしないかぎり、丁度、管理釣り場や、成魚放流されて間もない魚が相手でなければ、この堂々巡りから抜け出せない。何か全く違った発想が必要なことが判ったが、直ぐには発見できなかった。
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1970年代、絶頂期の野呂川。
渇水期はドライフライにとって楽しい季節だ。

フライを目的の地点に正確に落とすにはどうすれば良いか。私は1980年代の前半に参加していたトーナメントのアキュラシーのことを思い出していた。アキュラシー競技、つまり的当て競技は文字通り決められた的の中にフライを投げる正確さを競うものだ。この競技に参加して間もない頃、私は正確にフライを投げる決め手は的の真ん中に向けて一直線にラインを伸ばすことと、距離を正確に把握することだと思ったが、練習を重ねるに従い、それは難しいものではないことが判ってきた。むしろ高得点を得るには、ラインのターンを制御する事が大切という結論に達した。どのような意味かと言うと、的の中央に向かって正確な長さのラインを投げても、ラインのターンするタイミングが少しばかり違っただけで、フライの落下する地点が大きく狂う。オーバーターンを起こしすぎると、的にリーダーが当たり、フライが的の手前に落ちることが多発した。

競技ではコントロール性能に優れたリーダーを使うので、余計のこと問題であった。私はそれを防ぐために、リーダーの途中に逆テーパーを付け、ターン性能をわざと悪くして成功した。

あの時の原理を使えないだろうか。ラインがオーバーターンを起こすと、フライはリーダーより手前に落ちる。ラインの先端とリーダーはくしゃくしゃになって水面に落下する。たるんでくしゃくしゃになったリーダーは流れて伸びきるまで長い時間を要する。即ち、その長い時間フライを引っ張らない。しかも、ラインやリーダーをオーバーターンさせると、フライとリーダーやラインの落下がほぼ同時に起こる。リーダーがターンせずにフライが上空からひらひらと舞い降りるのとは大違いである。
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変化の激しい渓流をドライフライで釣る場合、
リーダーの選択がかなり重要となる。

もう一つ見逃せないことがあった。フライをこうして落下させた場合、リーダーがフライより遠くに落ちるくらいだから、フライの落下地点はリーダーが伸びきった場合に比べ、遙か手前になることだ。つまりオーバーターンはドラッグを防ぐだけでなく、同時にフライの落下位置を近くにする。近づけばコントロールしやすい。これは一石数鳥のアイデアとなる可能性が見えててきた。オーバーターンを起こしても、フライが手前に落ちないようなデザインのリーダーを作れないだろうか。

1993年、私は春から新しいリーダーの試作品をテストしていた。バット部分をこれまでよりずっと細くし、ラインへの負荷を減らして適度なオーバーターンを起こさせる。しかしそのエネルギーがリーダーの途中までしか伝わらないよう、テーパーをきつくする。フライがリーダーに引かれるのでなく、惰性で前方の水面に飛んでいくための最適な長さのティペットを考える。暫く試行錯誤した結果、最適なデザインに到達した。

スーパードライと名付けたリーダーの全長は12フィート、ティペット部分の長さはその半分を上回った。これは今までにない画期的なドライフライ用のリーダーとなった。全長が12フィートあるのに、フライの落下する位置は丁度9フィートのリーダーを使っている時と殆ど変わらず、広いポイントも狭いポイントも自由にこなせた。また、キャスティングに特別な操作を一切必要としなかったにも拘わらず、その性能はフライの交換などによって、ティペット部分が50センチほど減るまで変わりなく続いた。

-- つづく --
2001年04月29日  沢田 賢一郎