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湖沼編 • カムループス  --第32話--

食事時間

私はランチタイムにロッジに戻ると、直ぐにオーナーを捕まえて、何故10時に魚が釣れると言ったのかを尋ねた。オーナーの答えはいとも簡単で、何時もそうだからと言うのみであった。私が必ずそうなると決まっているのか、また、その理由を重ねて問いただすと、こんな説明をしてくれた。

この辺りの湖の魚は一日に、朝と夕方の2回、食事をとる。季節によってその時間が多少ずれるが、基本的には変わらない。初夏にメイフライがハッチする時と、真夏にセッジがハッチする時だけ、その時間割が変化する。

この付近の湖では、魚が夢中になってライズする時期はもう終わった。今はもうシーズンオフだから、決まった時間に魚が食い始めるだけだ。

私は、「今はもうシーズンオフだが、このツアーのためにロッジを開けた」と彼が言ったことが気になった。しかし、もうここに来てしまっている以上、今更悔やんでも仕方がない。それなら、この時期にはどんな釣り方がよいのか尋ねた。彼が言うには二つの方法があるという。

一つは殆ど人の行かない湖に行くこと。釣り人が滅多に行かないから、大きな魚もいるし、それが釣れる可能性もある。

もう一つは、夕方遅くまで粘って釣ることだと言う。

どちらも当たり前のことであったが、確かに可能性は高い。私は取りあえずその両方を実践することにした。
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メドー・レイクの朝。全く静かで、何の気配もない。魚は何処で何を食べているのだろう。

水路とビーバーハウス

私は自分の昼食をゆっくり済ませ、午後3時近くになってからボートに乗った。午後は隣のフラップジャックを釣る予定になっていたので、私はオーナーから幾つかのポイントを聞いておいた。フラップジャックには主だったポイントが二つあった。一つは小さな流れ出しの前、もう一つは、一番奥にあるビーバーハウスの前であった。
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小さな流れ込みや流れ出しの付近には、夕方になると多くの魚が集まってきた。

流れ出しは流れ込みと同じように、水が最も動く場所である。カムループスにある膨大な数の湖の多くが、川と呼べないほどの小さな水路で結ばれている。水位が下がると独立し、増えるとその水路で隣の湖と繋がることが多いらしい。カムループス一帯は冬になると気温が特に下がる。水位が低い年に寒い冬がやって来ると、湖が底まで結氷してしまい、鱒が死んでしまうことがあるそうだ。地元ではそれをウィンターキルと呼んでいるが、水路があるおかげで、何時の日か隣の湖から鱒が入り、再び鱒の湖として復活するらしい。

産卵期になると、多くの魚がその水路に集まってくるそうだ。今はもう9月だから、そろそろ狙っても良い頃だ。

もう一つのビーバーハウスは、その湖の最深部に近いところにできるそうだ。ビーバーは噛み切って倒した木を積み重ねてダムを造り、その中で越冬する。ダムを造る場所は最も越冬するのに都合の良い場所となる。冬でも暖かい場所、氷が薄く、その下を自由に行き来できる場所が好まれる。最深部や地下水が湧き出る場所は、その条件を満たしている。それは魚にとっても住みやすい場所となるから、空き家になった古いビーバーハウスの前は、例外なく良いポイントとなるそうだ。
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住人が去ってから何年か経過したビーバーハウス。
この前は例外なく良いポイントとなっている。

フラップジャックの夕食

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静まり返ったフラップジャック。魚の食事時間に合わせて釣りをする。
私は何となくビーバーハウスの方が良さそうに見えたので、その微かに形を残したダムの前にアンカーを打って釣り始めた。最初の一匹は、釣り始めて直ぐにやって来た。ラインが落下して間もなく当たりがあったから、魚は表層近くに居るに違いない。私はフライを投げ直すと、鞄からインターミディエイトラインを取り出し、交換のために解き始めた。その時「ギッ」という短い音と共に、船底に置いたロッドが大きく動いた。

間一髪、際どいタイミングだった。気が付くのがもう少し遅れたら、ロッドを持って行かれるところだった。ここの魚の当たりは本当にワイルドだ。

この日は夕方暗くなるまで、ずっと魚の当たりが続いた。しかしサイズはそれほどでもなく、最も大きいものでも辛うじて40cmほどであった。
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イブニングライズを狙うと、魚の平均サイズが少し大きくなった。

ハイキング

翌朝、私は3人のグループで遠く離れた場所にある湖を目指した。一本道だから迷う心配はないと言うオーナーの言葉を信じて、我々は山道を歩き始めた。一時間半程の道のりと聞かされていたが、歩き始めてみると結構きつい。

針葉樹の森は暗く、足下からグラウスが飛び出したり、目の前をコヨーテが横切ったりする度に驚かされた。更に、その直ぐ後に迂回した湖の名がグリッズリーレイクだったものだから、今度は背中までぞくぞくしてきた。
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人気の無い「グリッズリー・レイク」

途中で湖を一つボートで越え、たっぷり一時間半のハイキングの後に辿り着いた湖は、深い森の中にひっそりと広がっていた。タホーラ(Tahoola)と言うこの湖に来るアングラーは年間数人しかいない。ロッジのオーナーはそう言っていた。確かに、余程の大物が釣れる可能性が無ければ、こんな所まで人は来ないだろう。

我々は留めてあったボートをひっくり返し、貯まっていた水を流してから広い湖に向かって漕ぎ出した。魚が居るのかどうか、湖面は全く静まりかえって小魚のライズさえない。

私はこの場所でどうやって釣ればよいのか考えた。帰りも同じだけ歩かなくてはならないから、釣りができる時間は長くて3時間しかない。その時間で釣り場を移動するには、この湖は広すぎる。ボートを漕ぐだけで終わってしまうだろう。そうだからと言って、ハーリングを続けるだけでは面白くない。

私は沖に向かってボートを漕ぎながら、昔、津久井湖でバスを釣っていた頃を想い出していた。その頃の津久井湖は、湖岸に降りることのできる場所が少なく、場所替えも容易でならなかったから、一カ所で粘ることが多かった。そうした時、一定のペースでルアーを投げ続けていると、その内に何処からともなく集まってきたバスが釣れた。様子も判らない、時間も無い、ならばその方法をここでやってみよう。私は周囲の地形を見ながら、適当な場所を探し始めた。
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釣りをする人が極端に少ないせいか、タホーラの魚はサイズも形も明らかに一回り大きかった。

音で引きつけよう

私は100メートルほど先に、湖面を広く見渡せる小さな半島を見つけ、その突端にアンカーを打ってボートを止めた。ライズが起こっても、ここなら見逃すことは無いだろう。私は前日もよく釣れた8番のプロフェッサーを結んで投げ始めた。ポイントも何もない。ただひたすらラインを投げ、投げては手繰ると言う動作を繰り返した。

30分過ぎても何も起こらない。一時間近く経って、今日は諦めなければならないかなと想い始めた時、強い当たりがやってきた。40cmほどの綺麗なレインボーだった。フラップジャックで釣れた魚とは幾分スタイルが違う。胴体が太く、口が小さい。まるで太ったウグイのような形をしていた。

一匹目が釣れてからものの5分もしないうちに、2匹目がフライを引ったくった。今度はもう少し大きかった。そしてそのまた5分後、3匹目がそれまでと全く同じように激しくラインを引いた。

その後、当たりはぴたっと止まってしまったが、何はともあれ、狙いはものの見事に的中した。

バスのように、落下するフライやラインの音を聞きつけて遠くからやって来たのか、或いは数匹の群れがたまたま近くを通りかかったのか、そのどちらが正しいのか判らない。とまれ、3匹のレインボーは、この広い湖であの小さなフライを見つけたのだ。一定のペースで根気よく投げ続けたことが幸いしたのは確かだろう。

-- つづく --
2001年12月23日  沢田 賢一郎