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スティールヘッド編  --第143話--

7日目

厳しい釣りの連続で疲労が溜まり、少しばかり寝坊したおかげで、目ぼしいポイントは早朝から大勢の釣り人に占領されていた。目指す場所に入れないまま午前中が終了。午後はこれまで釣ったことのない場所をあちこち回ったが、流石に無名の流域だけあって、何処も魚の気配が希薄だった。流域は広いが、良いポイントの数は決して多くない。トンプソンの釣りを難しくしている理由の一つがそれであった。どうしても名の知れたポイントに釣り人が集中してしまう。するとそこは過剰なプレッシャーによって、魚の反応が悪くなると言う悪循環に陥っていた。我々は最終日となる翌日のため、その日の釣りを早めに切り上げることにした。

8日目


今回のツアーの最終日がやってきた。私はこれまで大成功と言って良い釣りをしてきたため、この最終日は殆ど釣りをせず、専らマリアンのガイドとなって釣り場を回る予定でいた。
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人が多いと良い釣り場を確保するのに苦労する。

早朝、出発の準備をしている所にブルースがやって来て、良い知らせがあると言う。彼は昨夜、我々と別れた後にキャンプ場へ向かい、そこで顔見知りの釣り人から耳寄りな情報を手に入れた。

その釣友は昨日の夕方、我々が数日前に釣ったニカラ・フラットの上流で大物を掛けた。魚が余りに大きく強かったため、ファイトに時間が掛かり、日が暮れ始めた。そこは崖下のポイントのため、暗くなると帰り道が見づらくなる。その釣友は仕方なくラインを切って帰ってきたと言うのだ。
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空いている場所は崖の下や、実績の少ない場所が多い。

ブルースは興奮気味に話し終えると、その情報を手にした他の釣り人が来る前に、急いでそこに向かおうと言い出した。私は話の途中で、そんな馬鹿なことは有り得ないと思っていた。周りが暗くなるからといって、大物がかかっているラインを自ら切るなどという釣り人がいる訳がない。もし何処かに居たとしても、そんな釣り人なら、この過酷なトンプソンに来るわけがない。
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苦労して降りた場所も、大部分は期待はずれに終わる。

しかしブルースはその話にすっかり夢中になっていて、私の意見など聞く耳持たずと言った様子だ。私は仕方なく、我々は昨日釣りすることができなかったジョーンズ・ロックへ向かうことを告げ、別行動を取ることにした。

我々が今回トンプソンを釣り始めてから、他の場所でスティールヘッドが釣れたという話を幾つか耳にした。その殆どは単なる噂と思えるようなものだった。更にその噂にも上がることがなかったのが、我々が最も多くの魚を釣ったジョーンズ・ロックだった。思うに、あの瀬は周囲が開け、対岸からの見晴らしも良いため、法螺話が生まれにくい環境なのだろう。恐らく昨日も魚は釣れていないに違いない。もしそうなら今日はチャンスだ。ポイントが丸一日休んでいる。しかし我々が知らないだけで、もし昨日スティールヘッドが釣れていたら、今日はその分だけ可能性が低くなってしまう。
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流域は広いが、好ポイントの数は決して多くない。

大部分の釣り人は魚が釣れたと言う情報を手に入れると、真っ先にその場所に駆けつけるが、魚が大量にいる時を除いて、その行為は殆ど無駄に終わる。魚が釣れた場所は、これから釣れる場所ではなく、そこに居た魚が既に釣られてしまった場所である。


-- つづく --
2016年01月26日  沢田 賢一郎