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スティールヘッド編  --第122話--

対岸

初日の夕刻と二日目、数人が流程の短いキャンベル・リバーを釣ると、目ぼしいポイントを全て釣ることになるため、魚の反応は急速に悪化する。私は他の川へ移動する日の朝、ブルースの勧めでアッパーアイランド・プールの左岸、つまりこれまで釣ってきたのと反対側の岸から釣ることにした。
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早朝、流芯が通る岸際でファイトが始まる。

下流にある橋を渡って、川沿いに伸びている小道を暫く歩くと、いつも対岸で大きく枝を張っているメイプルツリーの根本にでた。左岸は流芯がすぐ近くを走っているため、ウェーディングできる幅が限られていた。所によっては僅か3mほどしか川に入れないというのに、岸辺は針葉樹の枝に覆われていた。
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慎重にファイトを続けた結果、魚を引き寄せることに成功。

私は恐る恐る水に入ったが、後方の空間が殆どないため、まともにキャスティングができない。当時はスペイキャストを未だ行うことも見ることも無かったため、私は川岸に沿ってサイドキャストでラインを伸ばし、上流の流芯にフライを落としてからラインを張り、下流側を釣ることを繰り返した。

メイプルツリーから20mほど釣り下った時、上流に投げたラインが丁度私の真横に差し掛かった辺りで、急に流芯側に振れた。

何が起こったのか、私は空に向けて持っていたロッドを更に高くさし上げた。するとラインは大きく流芯側に向かい、同時にロッドに軽い抵抗が伝わってきた。

ゴミが絡んだにしては何かおかしい、と思ったのは一瞬で、ラインは更に流芯に向かって走り、同時にリールが逆転を始めた。本当に魚? 疑う間もなくロッドに生き物の振動が伝わってきた。やった。スティールヘッドだ。

「スティールヘッド、ビッグフィッシュ」
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水際まで木々が茂り、魚を刷り上げる岸がない。

直ぐ後ろで、一部始終を眺めていたブルースが大声で叫んだ。
魚はナチュラル・ドリフトしているフライを捕えた。私には初めての経験で、それは新鮮な驚きであった。

ブルースが言うには、魚の当たりとその後の反応からして、大型魚の可能性が高いということだった。私は掛かった魚が大型であるのは嬉しいが、それとは違う緊張に包まれていた。

私はここ数日間、針掛かりした魚に下流の瀬を下られることなくファイトしてきた。それには幸運もあっただろう。更に言えば、それらの魚とのゲームを楽しんで居たことも確かだった。私にそれができた理由の一つに、そうしたファイトは、魚に下られてもついて行ける場所で行っていた事があった。つまり、いざとなったらラインを巻き取りながら下流のプールまで歩いて行けば良い。そんな安心感が合ったからこそ、落ちついてファイトすることができた。
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力尽きて足元に浮上したスティールヘッド。

ところが今度は違う。後を追うどころか、数メートル下ることでさえ難しい。そんな状態で掛かった魚に、後ろから大声で「Big fish !!」なんて叫ばれたものだから、水の中に立っているのを忘れるほど緊張した。

魚が下ったら、それを追うのは不可能だから、開き直ってファイトするしかない。そう覚悟を決めたら周りの景色が少し見えるようになった。私はこれまで成功したファイトの仕方を忠実に再現することだけを考えた。魚が暴れだしたらラインをゆるめて落ち着かせる。大人しくなったら静かに引き寄せる。それを繰り返した。魚は引き寄せられる度に数回走ったが、徐々に近づいてきた。そして遂に足元までやってきた。私は魚を静かに水面まで引き上げた。確かに今まで釣った魚より大きそうだ。

魚はかなり大人しくなっていたが、私もブルースもネットは持っていないし、ここには引き摺り上げる河原もない。鮎釣りでは無いけれど、水の中でキャッチするしかない。
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魚が暴れないよう、慎重に取り込む。

私は魚の状態を観察し、もう大きく走る余力が無くなっていることを確信すると、尻尾の付け根を掴んで持ち上げた。大きい。ブルースは15ポンドと言ったけれど、確かにこれまでの魚とはプロポーションも違っていた。

それにしても、スティールヘッドのファイトは他の魚、私がこれまでの釣ってきた魚たちとはかなり違っていた。掛かってから暫くの時間、おそらく3分ほどは猛烈なファイトをする。その後急に弱くなり、足元に寄って来る頃には息も絶え絶えだ。
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それまでの最大サイズに感激。

本来なら80cmを超える鱒を川の中で取り込むなんて出来る筈がない。しかし最高のファイターと言われるスティールヘッドを相手にできてしまったのは、皮肉にも彼らのファイトが激しすぎるからだろう。余りに激しく暴れまわるものだから、数分後に息切れしてしまう。

スティールヘッドを相手にするときは、常に最初の3分間を耐えしのぐことが決め手ということが解った。それをしのげばこちらの勝ち。しばらく後には大人しくなって足元に寄ってくる。魚を抱き上げて記念撮影するのは容易で、むしろ魚を弱らせないように気を使う必要があった。

-- つづく --
2015年01月29日  沢田 賢一郎