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高原川編  --第80話--
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3月、九頭竜川には雪代が溢れていても、渓流は何処も雪に覆われてる。

茂住の砂

サクラマスを求めて九頭竜川に通い出すようになれば、高原川へ出掛ける機会が減るだろう。私はそう予想していたが、始まってみると高原川で釣りをする回数が目立って減ることはなかった。それは私の意志と言うより、自然の成り行きによることが大きかった。

九頭竜川でサクラマスを狙うのは雪代が流れる3月と4月が最も多い。ところがこの季節、三日に一度は雨が降る。大した雨ではないと思っていても、雨水が流程に積もった雪を溶かして川に流れ込むと、川は忽ち増水し酷く濁る。まとまった雨が源流一体に降り、上流のダムが放水でもしようものなら、濁流が川中に溢れ、どんなに早くても丸一日手が付けられない。

回復するのを待つ余裕があるときなら構わない。しかし待つだけ無駄と思える時、そのまま帰るのは癪に障る。そんな時、私は他の川、それも東京へ向かう途中にある川へ寄って、少しばかり楽しんでから帰るようにしていた。

問題はその季節だった。5月、6月なら楽しい川が直ぐにでも見つかるが、この時期、平地と違って山は春になったばかりだ。川原は何処も未だ雪に覆われていて、釣りに入るには早すぎる。結局、3月の初めから文句なしに釣れる高原川を頼りにせざるを得なかった。

九頭竜川から高原川に向かうのに、私は北陸道を富山まで走り、そこから国道41号線を南下して神通川、つまり高原川を下流から遡り、栃尾に抜けるコースをとるのが常だった。

神通川は大沢野町に差し掛かるまでは平坦な流れだが、町外れの第三ダムを過ぎると山の中に入り、川原の少ないV字峡の様相を呈してくる。それが高原川と名を変えて神岡の町に至るまで続く。

谷底を流れる川の様子は道路からよく見える。いつか釣ってみたいと思った場所が何カ所もあった。けれども川は多くのダムで寸断されており、残った場所も、降りるのを躊躇うほど険しい崖に囲まれていた。勿論そこも春先では早すぎた。

初夏になって漸く良いシーズンになったと思える頃、他の川も一斉に良くなってしまう。結局、絵に描いた餅のように、いつまで経っても眺めるだけで終わっていた。
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こんな景色の中でも魚が釣れる高原川は、貴重な川であり続けた。
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神岡より上流は、3月末になっても雪が残っていること多い。
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4月、やっと雪の消えた高原川の浅井田ダム周辺。

放水

そうこうしているうちに1988年がやって来た。その年、私は永年の夢であったサクラマスを九頭竜川で釣り上げることに成功し(第42話以降)、気分的にも一段落したせいか、6月になってサクラマスのシーズンが終わりを告げるのと同時に、いつも車から見ているだけだった高原川の下流域の探索を始めることにした。

ところがいざ始めようと思った矢先、流域にある一つのダムが貯まった土砂を除くため、水門を開け放ってしまった。私は放水が終了して一週間ほど経過した川を、釣友の加藤庄平と共に呆然と眺めていた。
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増水が始まり、間もなく本格的な雪代の季節を迎える。

いつもなら谷底に満々と水を湛えた碧の淵が続いている場所だ。しかし我々が見下ろしている橋の下は、見渡す限り白い砂が谷をなだらかに埋め尽くしていた。見ているだけで寒気がするほど、悲惨な光景だった。魚は一体どうなっただろう。大量の土砂と共に押し流されてしまったろうか。

後悔先に立たずと言うが、我々はこんなことならもっと早く釣っておけばと、橋の上で地団駄を踏むばかりであった。
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神通川、大沢野付近。この川も4月になるとサクラマスの季節を迎える。

下流にもダムがあるから、流された魚はそこで命拾いをしているのではないか。それなら落ち着いた頃にもう一度遡上してくるだろう。しかしそれは何時になるだろう。来週か、来月か、それとも数年後だろうか。

橋の上から白い川を眺める限り、我々の口からはそんな内容の言葉しか出てこなかった。

透けた影

さてこれからどうしよう。陽は未だ高い、予定を変更して向かうには何処が良いだろう。源流はもう少し待つべきだろうが、支流や中流域なら楽しい季節だ。我々は付近の沢を思いつくままに挙げながら、これからの行き先に思いを巡らしていた。

橋の欄干にもたれながら会話を続けていたとき、私が眺めていた下流の砂が動いたような気がした。乱れた水面が陽炎のように白い砂底を揺らめかしている。そんなふうに見えたが、流れの具合と一致しない。私はその場所を見つめ続けた。

ゆらゆらと何かが動いている。しかもこちらへ向かって流れを上っている。私の目にそれがはっきりと映った。

「何かが泳いでいる」

私はそう言って下流の水面を指さした。二人で穴の開くほど水面を見つめている間に、幽霊のように白く透けたその物体が橋の下に近づいてきた。

「イワナだ!」

どこから来たのだろう。真っ白い砂の上を泳いでいたせいか、身体が砂の色に溶け込んで、すっかり白くなっている。サイズはなかなかのものだ。尺は優に超えている。おそらく35cm以上あるに違いない。

イワナは蛇のように身体をくねらせながら、橋の下を通り抜けて行く。我々は数台の車をやり過ごすと、道路を渡って反対側から眺めた。イワナは終始同じペースで流れを上っている。我々の真下を通り越し、更に上流に向かって行った。そして水面がキラキラと反射した所で、その白いイワナは我々の視界から消えてしまった。
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間もなく第3ダムに差し掛かる。平坦な川は峡谷へ変身する。

「魚が居るではないか」

「良くこんな所で生きていられたものだ」

我々は思わず顔を見合わせた。何も言わなくても判っている。上流の崖を見ながら川に降りられるルートをあたり始めた。

橋の付近は何処も垂直に近い角度に切り立った崖が続いている。しかしおよそ100m上流に、木と竹に覆われた緩い傾斜が見つかった。あそこなら何とか降りることができるかも知れない。

釣り支度に身を包んで畑を通り抜け、我々は凡その目星を付けた竹藪に向かった。竹は細くてもしっかりと根を張っているから、身体を支えるには好都合だ。竹藪越しに下を覗くと、どうやら降りられそうに見えた。
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5月、崖の至る所で山菜が芽を吹き、花が咲き乱れる。

崖を降りる途中、加藤庄平が目ざとく自生の浅葱を見つけた。神通川沿いには、どういう訳かこの浅葱が多く生えている。その浅葱を一束つまみ終えてから、我々は川原に降り立った。

川底に白い砂が堆積し、見るからに立派な石も、上半分だけが筍のように顔を出している。確かに一匹のイワナが泳ぐのを我々は見たが、果たして魚はどの程度居るだろう。

下流を見渡すと、我々が先ほど川を見下ろしていた橋が見えた。距離は100mほどだから、魚の様子を探索するには丁度良い距離だ。二人並んで遡行する必要はないので、私は下流へ、加藤庄平は上流へ向かうことにした。

-- つづく --
2004年03月30日  沢田 賢一郎